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ネットとテレビの融合――著作権問題、暫定解決の先にあるもの(2/2 ページ)

» 2005年04月07日 16時43分 公開
[西正,ITmedia]
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 権利者の多くは、技術の専門家ではないし、そうである必要もない。通信事業者が説明する「安全性」を簡単に理解し難いことは当然だ。払うものを払いさえすれば了解が取れるなどと安易に考えていると、ネット配信への道を再び閉ざすことになりかねない。

 映像作品について言えば、映画からテレビ放送に移り行く段階でも、権利者側の理解を得るのに苦労したことが思い出される。ネット配信を急ぐ事業者からすると、映画もテレビも変わらないように見えるかもしれないが、テレビ局も当初、権利者の理解を得るのには相当な苦労をした。大物と言われる俳優の方々の多くは今でも、テレビではなく映画の方を「本編」という言い方をする。

 市場規模からすれば、テレビのほうが映画を遥かに上回っているが、権利者の意識の中では映画や舞台の方に重きを置く考え方が根強く残っている。これなど、金銭的なことがすべてを解決しないことをよく示す事例といえるだろう。

 IP放送事業者も、テレビさえいまだに「本編」と言われていないことの意味をよくかみしめ、テレビからネットへの展開を拙速に進めるべきでないことを十分理解すべきだろう。技術的に利便性の高い配信方法であっても、それだけでは権利者の理解を得ることは難しい。暫定料率が決まったことは、ネット配信を“緩やかに、かつ慎重に”展開していく道が開けたと考えるべきであり、あくまでも急がずに「安全性」を証明していくことが必要だろう。

 新たなメディアへの理解を得るのには時間がかかることを承知しておかなければいけない。これは技術の進化の速さを知る者であればあるほど、見失いがちな注意点ということが言えるのではないだろうか。

著作権問題の先の壁

 ブロードバンドの普及と利用を促進するうえで、テレビで放送される作品を配信していくことが効果的であることは間違いない。通信事業者が放送に近づいていく目的を、テレビのリーチの広さを取り込むことによって、ネットのポータル機能を拡充し、決済手段としてなどのビジネスチャンスを拡大させることであると論じる意見も耳にするが、それは大間違いである。順序は明らかに逆だ。

 ユーザーにとって、インターネットは便利で簡易な情報発信手段だ。しかし、さらに多くのユーザーを得るためには、伝送路としての利便性を訴えるよりも、そこに魅力的な中身を取りそろえていくことが優先されるべきである。通信事業者間の競争は激しい。優良な中身を持たないことには、低価格競争にしかならず、消耗戦に陥ってしまうだろう。消耗戦の末の勝者にとって、得られる果実は決して多くはない。

 テレビとネットの融合を進めることは、まずは優良な中身を取りそろえるためのスタートラインになる。ポータル機能の拡充によるビジネス云々は、そこから先の課題として理解されていなければならない。その後の競争のことばかり考える余り、スタートラインで失敗しては何にもならない。

 そして、著作権問題の先にある壁として、テレビ局が感じている「水平分離へのアレルギー」の強さも、十分に認識しておかなければならない。ネット配信を進めることは、視聴者宅へのアクセスラインを通信事業者が握ることになる。この点について、通信事業者にそのつもりがあろうとなかろうと、テレビ局側は(決して口には出さないが)強いアレルギーを持っている。

 著作権問題さえ解決すれば、ネットとテレビの融合が前進するかと言えば、それほど単純な話ではない。明らかに目に見える壁の手前にも後ろにも、なかなか目には見えない多くの壁がある。その多くは技術論よりも、信頼関係の問題である。そうした壁を乗り越えていくためには、資本や技術の力を駆使するよりも、「異なる文化の世界に住む人たち」への理解と、決して相手の文化を否定しない形で協力関係の在り方を模索していく辛抱強い努力こそが重要になるだろう。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「モバイル放送の挑戦」(インターフィールド)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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