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商業芸術におけるパトロンシステムの崩壊と再生への道小寺信良(3/3 ページ)

» 2007年08月22日 18時15分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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次のパトロンは誰か

 融資とパトロンの大きな違いは、お金を返すか返さないかである。この差は非常に大きい。わがままなことを言うようだが、もし期限までにお金を返さなければいけないことになったら、クリエイターは確実にお金になりそうなものを作らなければならなくなる。

 だがそれでは損はしないかもしれないが、大きく儲かることはない。なぜならばヒットとは、過去に無かったものだからヒットするわけで、現在ウケているものと同じようなものを作ってもしょうがないのである。したがって、今儲からなくても自分のいいように作れ、金はできたときに返せ、できなかったら諦めるというパトロンシステムとは、根本的な部分で相容れない。

 大ヒットが産まれない現状においてヒット作を作れというのは、一見矛盾しているように思えるが、長いサイクルで考えれば、そうとも言えない。今は各個人が情報をPullすることが主流だが、Pullするのが面倒という人が増えてくれば、インターネットであってもPush型メディアに変質するかもしれない。RSSなどの技術が多くの人に受け入れられ、それとは知らずに使っている人が多いのは、その傾向があることを示している。

 そうなってくれば、再び情報ポータルが情報を掌握するようになり、かつてのマスメディア時代と同じような社会に戻っていくだろう。そもそも人が人を呼んで加速度的に群がっていくというのは、人間の持つ根本的な性質であり、「IT革命」程度で変わるようなものではない。

 そしてそのときにパトロンシステムがなく、多くの人の心を掴む大ヒットを育む土壌がなければ、大したレベルではないものが大ヒットに祭り上げられていくことになる。質が悪いのに情報操作だけで流行るというのは、文化的に見れば衰退である。

 したがって日本がコンテンツ立国を目指すと決めたからには、再びパトロンシステムの構築が必要になってくる。社会全体がパトロンになるという方法論で行けば、新たにコンテンツ税のようなものを新設すべきだろうか。だがそれは、なぜクリエイターだけを優遇しなければならないのか、という不満を産むだろう。

 椎名氏が言うような、著作権の利用もひとつの方法かもしれない。つまりコンテンツを楽しむ人だけが、あるいはコンテンツを楽しんだときだけに、パトロン税が付加されるという仕組みだ。

 ただこれは現状の補償金の在り方が、利用されたアーティストに還元されるという大義名分で動いている以上、補償金というシステム全体を再設計しなければならない。さらに現状は、強化されていく著作権によってもたらされる不自由さが、ユーザーの利便性を損なう状況下にあるため、抵抗が強いのもまた事実である。

 では、かつてのレコード会社のように、どこかの企業体がこれに変わるとするならば、どこだろうか。今多くの富を集めているのは、通信系企業である。ただインターネット上のサービスはほとんどアメリカのGoogleが押さえてしまい、今後ネットワーク上では、ソフトウェア開発能力で劣る国は勝てないだろう。

 ケータイに関しては日本独自方式という参入障壁があったため、日本では国内企業が強い。彼らはこれまでインフラを提供するのみで、コンテンツそのものを生産する側ではなかったが、ケータイサービスの競争激化により、次第にコンテンツメーカーとしての性質を帯びつつある。

 レコード会社もテレビ局も、かつてはコンテンツ配給とコンテンツの生産といった両軸で動いていた。通信系企業が、単にインフラの値段ではなく、コンテンツの質で差別化を図ろうとするならば、コンテンツクリエイターのパトロンとして機能する仕組みを持たなければならない。

 もちろんクリエイター側も、甘えているだけでは済まされない。パトロンとは常に、不公平なものなのだ。気に入って貰えるためには、自分の可能性を積極的にアピールする手段を持たなければならない。

 オーディションやコンテストなどは、もはや新人発掘機能としては崩壊したと思って間違いない。それ以外の方法で広く自己表現を、自分のリスクで行なう必要がある。それはITを使ってPullするのではなく、自分がPushする側に回る技能がなければならないという意味でもある。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。

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