さて、ここでもう1つ疑問が出てきた。周波数特性の補正などでは、ある特定位置に合わせて徹底的に補正してしまうと、計測した位置以外では波形や音場が崩れてしまう。そこでいくつかのシステムでは、複数箇所を測定して全体の補正量を決めるといった対策が行われている。
しかし、フルバンド・フェイズコントロールの場合、この点も問題がないという。
「純粋にスピーカー特性のみ打ち消すので、部屋の響きなどその環境固有の特徴は残ります。単純にスピーカーの位相特性が理想的に揃った状態を作るだけですから、リスニングポイントによる効果の差は出ません」(服部氏)
トータル2年ぐらいの開発期間をかけたというフルバンド・フェイズコントロール。開発も大変だったが、実現するための演算量も多く、昨年末向けのタイミングでしか、製品には実装できなかったとも服部氏は話す。
もちろん、こうしたデジタルでの音場補正を行おうという発想と、スピーカー開発のノウハウの両方が揃わなければ生まれなかった、というのも、これまで同様の技術が実用化されてこなかった理由だろう。
「音楽とオーディオのことが、24時間頭から離れないんですよ。どうすれば音がよくなるか。どうすればサラウンド音場が整うか。そればかりを考えていて、ある日ふと今回の手法を考えついたんです」(細井氏)。
また、パイオニアという企業の文化も、フルバンド・フェイズコントロールを生み出した下地になっていると細井氏は話す。
「開発のゴーサインをもらうため、上司にプレゼンするのですが、決裁権を持っている上司たちが、みな音楽やオーディオが好きで、自分でも音を聴いている。Excelの表を眺めて判断するだけでなく、本当にその技術が有望なのかどうか、自分の耳で確認してくれます。プレゼンしていると、“そんなに言うなら、すぐに音を聴かせろ”と言われ、結果から素性の良し悪しを判断される。だからこそ、体験しないと良さがわかりにくい位相制御の技術も、日の目を見ることができたんだと思います」(細井氏)。
“フルバンド・フェイズコントロール”と、言葉にすると一言で済む技術だが、なぜそのような技術が必要なのか。そして、なぜ位相を揃えると音場が整うのかなど、理解するために知っておかなければならない情報は多い。体験してしまえば、誰もが納得できる効果を発揮するが、それは体験しなければ理解できないことの裏返しだ。
それでも、理想を求めて開発にゴーサインが出るパイオニアの企業文化は、ビジネスの効率が優先されがちな現在の日本のAVベンダーにおいて、貴重なものと言えるのではないだろうか。
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