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本当の音、引き出す指先――ヘッドフォンドクター・稲垣雄太プロの流儀(1/2 ページ)

» 2015年06月23日 14時36分 公開
[芹澤隆徳ITmedia]
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最後の砦と思っていい

 東京・秋葉原――アイドルやアニメショップが建ち並び、電気街のイメージが薄まりつつある中で気を吐いているショップがある。ヘッドフォン・イヤフォン専門店「e☆イヤホン」。その一角で、毎日のようにハンダごてをふるい、ヘッドフォンの修理やカスタマイズを行う職人がいた。ヘッドフォンドクター、稲垣雄太。日本中から修理やカスタマイズの依頼が舞い込む。

「e☆イヤホン」秋葉原店 eイヤホンクリニックドクターの稲垣雄太氏(文中敬称略)

 稲垣は自分の仕事を“修理屋”と言う。始めたきっかけは、ソニーのプロフェッショナルモニター「MDR-CD900ST」だ。音楽制作のプロフェッショナルたちが愛用しているヘッドフォンは、それだけに長く愛用している人が多く、それだけ壊れることもある。「e☆イヤホン」は、もともと「MDR-CD900ST」の補修用のパーツを扱っていたが、頼ってくる客にパーツだけを販売する状態に稲垣は疑問を感じていた。「パーツだけあって修理ができないのはおかしい。だから修理を始めました」。今では名の通ったプロフェッショナルユーザーたちも愛機を託す。

 ヘッドフォン修理の延長として始めたケーブル修理も次第に客が増えてきた。すると稲垣は、「他店にないサービスになる」と言って勝手にケーブルのカスタマイズも始めた。カスタマイズとは、客の要望に応じてケーブルを改造すること。ストレートのプラグをL型に変えたり、音質にこだわってオリジナルの線材に交換したり。これもオーディオの楽しみの1つだが、自分でカスタマイズを試みて失敗したものが持ち込まれるケースも少なくないという。稲垣はそんな仕事も快く引き受ける。「ここはクリニックです。“最後の砦”として使ってもらってかまいません」。最近は修理よりカスタマイズの仕事のほうが多くなった。

作業場は給湯室

 数年前。現在の店舗に移転する前の「e☆イヤホン」は秋葉原の裏通りにあった。店内は、良くいえば古き良き秋葉原、悪く言えば狭くて雑然とした“ディープスポット”そのものだった。壁際に積まれた商品は天井近くに達し、狭い通路は人とすれ違うのも一苦労。そんな狭い店内に稲垣の仕事場はなかった。ビルの給湯室で、掃除機を椅子代わりにハンダごてを操った。「始めたばかりの頃は、1日に持ち込まれる仕事が1つということも多かったので……」と笑う。

昨年夏にオープンした新店舗

 折からのヘッドフォンブームにのり、勢いづいた「e☆イヤホン」は、昨年夏に秋葉原店を移転拡張する。秋葉原駅より末広町駅のほうが近い場所ではあるが、イベントなどが多い「秋葉原UDXビル」から看板が見える好立地。店舗面積は2.3倍に広がり、常時1000アイテム以上を展示できるようになった。客用トイレも完備し、ゆっくりと商品を選べる環境ができた。

 新店舗では、“特等席”が用意された。「e☆イヤホンクリニック」という手作りの赤い看板が目印の小さな工房。机と椅子が入るのがやっとで、しかも全面ガラス張り。常に客の目にさらされる罰ゲームのような席だが、当人は意に介さない。見られて困るような仕事はしていない。給湯室に比べたら天国だ。

看板は手作り感満載

 腕は常に磨いてきた。今年5月には、日本はんだ付け協会の「はんだ付け検定1級」に合格する。聞き慣れない資格だが、主に仕事でハンダづけを行うプロを対象とした難関。1級ともなると顕微鏡や拡大鏡を駆使して1005サイズ(1.0ミリ×0.5ミリ)の小さな部品をハンダ付けする能力が求められる。筆記試験もあり、合格した者はハンダ付けの作業指導が行えるだけの知識と技術力を認められたことになる。

「はんだ付け検定1級」合格証

 後輩の育成にも力を入れる稲垣は、「ほかのスタッフにもこれから検定を受けてもらうつもり」と話す。工房のガラスに誇らしげにはり出された検定の合格証。増えていくことを楽しみにしている。

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