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BRAUNが「家電デザインのルーツ」といわれる理由滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」(3/4 ページ)

» 2015年10月21日 00時05分 公開
[滝田勝紀ITmedia]

理由03――新デザイン言語

 家電デザインのルーツと呼ばれる3つ目の理由として、「ストレングス・オブ・ピュア」という新デザイン言語を2009年に掲げたことが挙げられる。この新デザイン言語は、これまでの歴史やイノベーションについて、解説をしてくれたブラウンのヘッド・オブ・デザイン、デュイ・フォン・ヴー氏(以下フォン氏)たちが、新たに生み出した言葉だ。彼はベトナム系ドイツ人で、ディーター・ラムスのデザインチームから直接師事を仰いだ最後の世代のデザイナーの1人である。

ブラウンのヘッド・オブ・デザイン、デュイ・フォン・ヴー氏

 元々、ブラウンにはディーター・ラムスが掲げた「グッドデザインの10の原則」という言葉が記されており、それがブラウンのデザイナーたちによって語り継がれながら、これまでのあらゆるアイテムが生み出されてきた経緯がある。なぜ、それなのに、今回フォン氏たちは、2009年に新たなデザイン言語を生み出したのか?

ブラウンのハンドブレンダー「マルチクイックMQ735」。ボタンの握り具合で回転刃のコントロールできるハンドブレンダー。食材自体の固さやつぶし具合を感じながら、繊細な調理が可能になった。アタッチメントの交換でマルチに活躍する。ディーター・ラムス最後の秘蔵っ子であり、現在のブラウンのデザインチームを引っ張るフォン氏が手がけた

ディーター・ラムスのグッド デザイン10の原則

壁面に描かれたディーター・ラムスのグッド デザイン10の原則

グッド デザインは革新的

グッド デザインは実用的

グッド デザインは美しい

グッド デザインは分かりやすい

グッド デザインはでしゃばらない

グッド デザインは誠実である

グッド デザインは長持ちである

グッド デザインはディテールまでが完璧である

グッド デザインは環境にやさしい

グッド デザインはほとんどデザインされていない


 「ディーター・ラムスの『グッド デザイン10の原則』というのは、今でもブラウンにとっては重要な言葉です。ただ、その言葉はディーター・ラムスのチームに直接師事を仰げた私たちが最後の世代までには理解できる言葉ですが、自分よりも下の世代、つまり、もっと若い世代のデザイナーたちには本当の意味で解釈するのが難しく、今の時代のオペレーションの現実とズレが生じていたので、あえて変えることにしました。

 例えば、ディーター・ラムスたちが活躍していた当時と今では、顧客の数も違いますし、時代や環境も大きく変わっていますから、そのまま守っていることはブラウンにとっても建設的ではありません。だから、1955年に兄弟2人とフリッツ・アイシュラーが新たなデザイン言語を作り上げ、それまでの先代マックス・ブラウンのデザインをリデザインしたように、われわれも未来に向けて、ブラウンの原則を守りながらも、次の時代のブラウンを作り出すために実行しました。

 『ストレングス・オブ・ピュア』も10の言葉に細分化して表現することができますが、これはあくまでも現在のデザインチームで生み出した言葉であり、ディーターの『グッドデザイン10の原則』をそのまま再解釈したものではありません。あくまでブラウンのこれまでの歴史やデザインなどを鑑みつつ、良い部分はちゃんと別の今の言葉で引き継ぎ、それを元に未来の世代へとブラウンデザインを送り届けるために考えた、デザインチームのメンバー、一人一人にとってのマニフェストなのです」

ストレングス・オブ・ピュアの10のデザインの原則

削ぎ落とされたデザイン要素

幾何学的要素が生む流星フォルム

シンメトリーと操作性

秩序がもたらす調和

見分けやすいインターフェース

特徴的な形状

象徴的なディテール

装飾性を排した機能的な有意味なライン

シンプルな色と質感

一貫した製品設計


 とはいえ、いわゆるディーター・ラムスの口癖であり、まるで過去のブラウンにとってのデザイン言語のごとく語られる言葉「レス・バット・ベター(より少なく、しかしより良く)」と、この新デザイン言語「ストレングス・オブ・ピュア(純粋さの力)」は、素人目にはどこか違うようで被るようにも思える。2つの言葉ともブラウンにとっては重要な言葉であり、そのあたりの差については、現役デザイナーのフォン氏はどのように考えているのだろう?

 「『レス・バット・ベター』というのは、ディーター・ラムスの口癖、つまりはパーソナルなスローガンであり、もともとはドイツの建築家のルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの言葉『レス・イズ・モア(より少ないことこそが、より豊かなこと)』を彼なりの解釈で言い替えたものだと思います。だからそれはブラウンのスローガンではなく、あくまでも個人的なものです。ただ、偉大なプロダクトデザイナーとしての言葉なので、そのように多くの人にとって、まるでブラウンのデザイン言語のように聞こえてしまっているのは事実です。それに対して、『ストレングス・オブ・ピュア』ですが、実は『レス・バット・ベター』と礎は同じであり、説明しようとしているところは一緒だと思います。が、『レス・バット・ベター』はこれまで、ディーター・ラムスとそのデザインチームが、ブラウンのさまざまな製品を実際に生み出すために使われた言葉であり、『ストレングス・オブ・ピュア』は、これからブラウンのデザインを引き継いでいくわれわれのマニフェストというところが大きく違います」

脈々と受け継がれてきたハウスホールド製品を、新デザイン言語でリデザインしたアイデンティティ・コレクション

 ある意味、フォン氏が現在のデザインチームを引っ張って行くための言葉と言い替えてもいいのだろうか。

 「ブラウンのデザインがどういうものかを、自分たちはもちろん、これから入ってくる将来のデザイナーにまで身につけてもらう必要があり、自分たちにはそれを身につけさせる責務がありました。自分の知らない昔の言語で、そのまま解釈せよというのは乱暴であり、時代も変わりましたから、その過去を知っている自分とワークショップなどを行うことで、若いデザイナーも一緒に過去、つまり、これまでのブランドを一緒に学んで、分析してきました。なぜなら、過去であり、ブランドの歴史や礎を知らないと新しい未来を作ることはできないからです。まさに『パスト・フォワード(過去を知って前へ進め)』の精神です。いいデザインを作るには、過去を無視してはできないのです。だから、過去をきちっと見直して、一緒にそれを解釈し、その時代の言葉をその人たちを真似ていうのではなくて、自分たちの言葉で説明できるように置き換えたのです。まとめますと、『レス・バット・ベター』と『ストレングス・オブ・ピュア』は、意味しているところは一緒ですが、今のデザイナーたちがしっくりきたからこそ、この言葉を掲げたのです」

新たなデザイン言語『ストレングス・オブ・ピュア』でデザインされた製品たち。機能的、革新的、使いやすく、不変的、象徴的、魅力的な特徴を融合する

例えばシェーバーを並べてみると、左の3つとはデザインのコンテクストがくずれていて、そこに統一感はない。一方、新デザイン言語が生まれた後に発表された右の3つのは明らかにデザインのコンテクストが見える

 さて、そんなデザイン言語などについて深く理解をできたうえで、あらためてブラウンのデザインというのは、なぜ普遍的であり、タイムレスで、いつの時代にもモダンに感じられるのか? フォン氏に聞いてみた。

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