少し前まではオーディオマニア用語だった「ハイレゾ」が、わずか数年の間に目覚ましい勢いで普及し、今や郊外の家電量販店でも“ハイレゾマーク”を普通に見ることができるまでになった。この空前のハイレゾブームは秋のオーディオイベントでも当然話題の中心となったが、長年オーディオ業界を眺め続けている麻倉怜士氏の目には、今年の「オーディオ・ホームシアター展2015」(音展)は“ハイレゾ第2章”と呼ぶべき新たな動きが見えたようだ。業界の現状と、音楽制作者やエンジニアなどのさまざまな視点を交えて、音展における“第2章”を振り返る。
――「インターナショナルオーディオショウ」や「オーディオ・ホームシアター展2015」で新製品がお目見えする秋は、オーディオファンにとって非常に楽しみな季節ですね
麻倉氏:ここ数年のトレンドに沿うカタチで、今回の音展もやはりハイレゾの話題がメインでした。今、オーディオ協会のハイレゾマークがついた機材は430種類くらいあり、加えてオーディオ協会の法人会員が昨年6月時点では43社7団体だったのが、今年の9月30日の段階では67社と、一気に20社以上も増えています。
――それはまた随分な増えようですね。たった1年でなぜそんなに規模が大きくなったんですか?
麻倉氏:その理由は増加分の内訳を見てみると分かります。新規加入組のほとんどがアイ・オー・データ機器やバッファロー、HTCジャパンにソフトバンクといったIT系、そしてシュアージャパンやゼンハイザーといったヘッドフォン系の事業者です。ここには大きな理由があって、巷でよく見かける「ハイレゾマーク」は、オーディオ協会の会員でないと利用することができないんですね。業界は今空前のハイレゾブームということで、やはり分かりやすいハイレゾマークが欲しい、ということでしょう。
ハイレゾマークは再生周波数帯域や量子化ビット数といったスペックを満たしていれば使えるわけですが、オーディオ協会としては「数値に出ないところの比較をしないと良い音かは分からない」というスタンスをとっています。「会員が増えるのは喜ばしいが、オーディオとして良い音を追及してくれるかは未知数」というのが協会のホンネというところですね。
――欧米をはじめとした海外のオーディオ評価はスペック至上主義で、それに待ったをかけたのが日本のオーディオ評論という歴史がありますが、それを鑑みると日本オーディオ協会のスタンスは実に日本的ですね。IT業界や新興のヘッドフォンブランドはどちらかというと欧米的なスペック主義が多く見受けられるので、このあたりがどう作用してゆくかというのは注目すべき点だと思います
麻倉氏:さて、今回の音展は初日のBDオーディオフォーラムで「第一部 麻倉怜士の『ハイレゾブルーレイディスク』」「第二部 麻倉怜士の『ハイレゾはここまで変わる』」という講演をしました。特に第二部では「ここに来て『ハイレゾ第二章』になった」と指摘をしています。今までのハイレゾは「CD特性を超えた数値を達成する」という単純なものでしたが、「ハイレゾ第二章」は単なるスペック向上だけではなく、中身の充実が重要です。そのため現時点の問題点を指摘して適切に対応することが必要だという方針を、意識的に打ち立てました。
――SACDに始まる「CD超え」の運動が、ようやく一段落したということですね。確かにハイレゾは「CDでも充分良い音なのに、それを超える必要がどこにあるの?」という声も多く聞かれます。単純に「CDより良い」というだけではなく「ハイレゾでないとダメ!」という新しい価値を打ち立てるのは、今後のハイレゾ業界にとって非常に重要なポイントです
麻倉氏:第二部公演のサブタイトルは「演奏、録音、再生の世界」です。ここでためになる提案が多数あったのでリポートしたいと思います。1つはUNAMASUを主催するミック沢口さんのお話です。沢口さんは大賀ホールを中心に、最近積極的に新録活動に取り組んでいます。
――ミック沢口さんの話題は以前のサラウンドの回でも取り上げましたね。バッハを現代的なサラウンド理論で再構築したという内容でした
麻倉氏:沢口さんは最近の収録活動の結果、分かってきたことがいくつかあると話していました。まずはマイクアレンジについて。旧来と違う、ハイレゾ時代に相応しいマイクアレンジというのは確実に存在し、これを考えるべきというのが沢口さんの意見です。
――ハイレゾ化によって収録音域が従来よりも広がり、“録ることができる音”も増えたわけですから、ローレゾ時代と同じで良いわけがない。よくよく考えてみれば当たり前ですよね。問題は「何を録るべきか」で、そこの試行錯誤はこれから続いていくでしょう。サウンドエンジニアの腕の見せ所ですね
麻倉氏:次に、デジタルドメインでのフォーマット変換はダメということについてです。アップサンプリングやダウンサンプリング処理をすることで、確実に音はダメージを受けると沢口さんは主張しています。
――データの加工が容易なのはデジタルの利点ですが、マスター制作やハイエンドシステムというシーンとなると、やはり完全無劣化と楽観視することはできないわけですね。データが変質するはずがないオーディオでの“不思議”といえます。
麻倉氏:それから、アナログ神話からの脱却も重要ということです。ハイレゾ初期に指摘されていた「デジタル臭さ」は、適切なデジタル機器やフォーマットを選択することで、ほとんど追放することができました。デジタルの良い点は最新の光伝送機材を使えることです。例えば光伝送のMADIシステムや、最新のデジタルマイクを使うことで、非常に高い解像感を得られます。
――「最新版が必ず良いとは限らない」というのはオーディオ業界の常で、だからこそ何十年も前の機材が好まれたりするのですが、それを神格化してしまって最新機材の良さを利用しないというのはもったいないですね
麻倉氏:その点で1つ面白いやり取りがありまして、同じ会場で講演をした元ビクターの高田英男さんは逆に、「目的に応じてビンテージ機材を使うことが大事」という主張をしているんです。コンセプトや音作りに応じて、機材を選択する事が重要と。3日目に公演を行ったミキサーズラボの内沼会長も、高田さんと全く同じ指摘をしています。
――新旧の幅広い機材から適切な組み合わせを選ぶところに、表現するというアーティスト性が表れますね。現代の資産で音のプロフェッショナルが自由に羽ばたくことを期待したいです
麻倉氏:良い音を録る3ヵ条は“いい場所”、“良いアーティスト”、“良いマイクアレンジ”ということです。
麻倉氏:さて、今回の沢口さんの提言として、私が最もためになったと感じたのは「CDの『DDD』『AAD』などのように、ハイレゾのトレーサビリティが重要だ」ということです。
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