先日、ある企画で補聴器メーカーを取材した。そこで話題となったのが、若年層の難聴問題。「音楽を聴く=ヘッドフォンで」という習慣が若い人たちに根付いてずいぶん時間が経つが、通勤・通学時のみならず、家でもヘッドフォンをかぶって四六時中音楽を聴いている人たちが増え、「ヘッドフォン難聴」問題は、以前に増して深刻化しているという話だった。
各社からさまざまな携帯型オーディオプレーヤーや高級ヘッドフォン&ヘッドフォンアンプが登場して市場が活性化している現在、「ヘッドフォン難聴」を持ち出すなんて、そんな水を差すようなこと言うなよ、もっと空気を読めよ、という声がどこかから聞こえてきそうだが、この問題を業界がこのまま放置しておいていいものか、使用時間や音量レベルのガイドラインを多くのユーザーに周知徹底させることが重要ではないか、と補聴器メーカーを取材して実感した次第。
ぼくは毎日どこかへ通勤する必要がないという恵まれた環境にあり、移動中も家でもほとんどヘッドフォンを使わない。耳を守りたいということもあるが、それ以上にスピーカーで音楽を聴くのが好きだからである。
ステレオ配置したスピーカーの間に幅と高さと奥行を伴った生々しいサウンドステージを出現させ、目の前に好きなミュージシャンが登場して自分のためだけに演奏してくれる、そんなイリュージョンを楽しみたい。そう考えるぼくは、音楽が頭内に閉じ込められ、眼前に生々しいステージを生み出すことができないヘッドフォンを使って、家で音楽を聴こうという気持になれないのである。
いやいやスピーカーをステレオ配置するスペースの余裕なんてうちにはないよ、という方もおられるかもしれない。そういう方にぜひ実践していただきたいのが、デスクトップ・オーディオだ。勉強したり本を読んだり(人によっては食事をしたり)する机の上の両サイドに小型スピーカーを置いて近接試聴、ミニチュアのサウンドステージ上にホログラフィックな音像がポッと現れる面白さを味わおうというオーディオ・スタイルである。
そんなデスクトップ・オーディオにぴったりの製品がマランツから登場した。横幅304mmのコンパクトなUSB-DAC内蔵プリメインアンプ「HD-AMP1」である。
本機は、マランツ製Hi-Fiアンプとして初のクラスD増幅(デジタルアンプ)方式が採られている。増幅デバイスは、オランダのHYPEX(ハイペックス)製UcD(ユニバーサル・クラスD)。ハイペックスのエンジニアは以前フィリップスのオーディオ事業部にいた人たちが中心だそうで、マランツが輸入業務を手がけるB&W(英国)から発売されたアクティブ・サブウーファー「ASW850」に搭載された1000WパワーアンプがハイペックスのUcDを用いたマランツ製だったそう。初のクラスD増幅方式アンプといっても、マランツ技術開発陣にとっては、馴染み深いデバイスなのだろう。
またUcDはアナログ入力のみのデバイスで、ゲインが13dBしかない。つまり、このデバイスの前段にプリアンプ部を置く必要がある。言い換えれば、マランツならではの独自設計回路を充てて高音質化を図ることができるわけで、このへんの許容度の広さもUcD採用の理由に挙げられるはずだ。
USBインタフェースレシーバーはX-MOSS製、DACチップは高音質で評価を高めているESSテクノロジーの3bit 2chタイプの「ES9010K2M」が採用されている。入力デジタルファイルの対応レゾリューションは、PCM が384kHz/32bitまで、DSDは11.2MHzまでと、現在入手し得るほとんどのハイレゾファイルが再生可能だ。
DACチップに「ES9010K2M」を採用した理由は3つあると担当エンジニアは言う。1つめはこのチップが2chタイプであること。8ch回路を内蔵したDACチップをパラレル動作させて2ch出力を得る手法がある。この場合、S/N比などのスペックこそ向上するが、音がにじんで好きになれないと担当エンジニアは言うのである。スペックよりも音質を採るなら2ch仕様というわけだ。
2つ目が電流出力型だということ。つまりこのチップの後段にI/V(電流/電圧)変換回路が必要となるが、そこに独自設計回路を充てることで、マランツ流の高音質を追求できるというわけである。
3つ目がオリジナルのデジタルフィルターを構成できること。世の中には多種多様なDAC チップがあるが、外付けデジタルフィルターが付加できるDAC チップとなると種類が限られる。本機にはMMDF(Marantz Musical Digital Filter)と呼ばれるマランツ独自のアルゴリズムに基づいた2種類のフィルターが装備されている。このMMDFは、同社上位機種のSA11/NA11シリーズに搭載されているものとまったく同一のものだ。
以上見てきたように、デジタルアンプのUcDにしろDACチップの「ES9010K2M」にしろ「使いにくい」デバイスであることは間違いない。しかし「使いにくい=いじりしろが多く、音質チューニングの可能性が広がる」わけで、これらのデバイス選択にマランツならではのオーディオ・エンジニアリングの流儀が垣間見えて、興味深い。ちなみに、UCD前段のプリアンプ部、I/V変換回路ともに、外来ノイズの影響を受けにくいマランツ独自のディスクリート構成の高速電圧増幅モジュール「HDAM」が使われている。
また、デジタルデータを司るクロック回路には、「NA-11S1」などの上級モデル同様の超低位相雑音クリスタルが2基搭載され、44.1kHz/48kHz系それぞれに充てている。USB入力ではPCから流れ込む高周波ノイズ対策が必須となるが、本機には4個7ラインの高速デジタルアイソレーターを搭載してノイズをシャットアウトするデジタル・アイソレーション・システムを構成している。電源は最新仕様のスイッチング電源回路だ。
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