――今までは人間が目線を向ける“中心視野”とそれに連なる“有効視野”を切り取った映像を作ってきたけれど、注視をしない“周辺視野”にもちゃんと情報はあって、そういった所の再現で映像価値がますます上がるという構造でしょうか。これってハイレゾの可聴外音域と同じですね。分かりやすいものの再現は既にある程度のレベルまで到達していて、これからは今まで“人間が認識できない不要なもの”と切り捨てられていた部分を再現することでより深い追体験を目指す、そのように動いていると僕には見えます
麻倉氏:何度も確認をしている通り、これまではズームアップやクレーンなどでのパンといったカメラの演出で映像をプロデュースしていました。今回の8K映像はそうではなく、舞台を観ている時の観客と舞台が対峙している生々しさやワクワク感、現場感覚というものの再現を感じさせます。舞台は生身のものであり、人間同士が無限のコミュニケーションを取り合ってインタラクションを繰り広げる、そういう様なイリュージョンというかバーチャルリアリティーというか、そういった類のものを思わせました。固定画角の舞台中継と8Kがここまで近接しているのならば、これは充分に次世代の舞台映像として成り立つでしょう。
麻倉氏:今回は上演が2回あって、初回は前から3席目あたりで、2回目は最前列でそれぞれ観ました。この違いがなかなか面白くて、3列目の初回は映像が客体化されていて「ちょっと離れた場所で何かやっている」という感じを受け、解像感もあまり高いと思わなかったのですが、しかし2回目に最前列で観たら、印象が全く違ったんです。この時に私は「8Kは離れて観ると意味がない」と感じましたね。特等席だけがもの凄く良くて、それは最前列のど真ん中のみ。
――映像にかぶりつくことで価値が出てくるということですか?
麻倉氏:そういうことですね。ですが、これはこれでちょっと問題です。確かにスイートスポットはすごいのですが、離れて観ると、HDRや色は分かっても8K最大の特長である精細感は感じられません。この精細感が最も臨場感につながるため、これはやはり近くで視ないと分からないのです。こうなると限界も感じるが、技術的なポテンシャルの凄さ、高さも感じます。
――現在8K上映が想定されているシーンというのは、パブリックビューイングや劇場といった“大人数で同じ映像を一斉視聴する”というものが多くなってきています。ですがこれでは、技術と用途に矛盾が生じちゃっていますね。平面ディスプレイという根本的な部分の限界点でしょうか
麻倉氏:将来性という点を考えると、HDRも気になるところですね。今回はHDRではなかったが、これが入るとさらに凄いですよ。鶴姫伝説はライトの関係もあって白が多く、微妙な模様が飛んでいました。色もHDRならばより正確になるので、相当臨場感に寄与するだろうことが想像できます。
また今回の音声は2ch録音だったのですが、これは相当問題ですね。ミュージカルの場合はおおよそ舞台の真ん中で歌うのですが、今回の技研シアターはスピーカーがスクリーンの外にあるセッティングで、歌声がスクリーン外の左上などからやって来ます。今のミュージカルの舞台はワイヤレスマイクで声を拾い、舞台端や上のPAスピーカーから歌が流れてくるのですが、でもこれは本質的に不自然ですよね。オペラは生声なので、当然歌手の位置から音が出ます。映像と音像が一致しているのです。しかしワイヤレスマイクとスピーカーを使うミュージカルはこれが一致しません。
ポップスのコンサートなどでもそうなのですが、これはやはりおかしいでしょう。ですが8Kには再生メディアという媒体の強みがあります。スーパーハイビジョンの22.2chはフロント2chの後ろに5ch分くらいのchがありますが、22.2chでちゃんと音を録り、直接音はフロント2chで位置も正しくしっかり音を出して、なおかつアンビエントをホールトーンとして再現すれば、音の面でも臨場感がかなり増すでしょう。下手をすると音像と画像が一致しない生の坊っちゃん劇場よりも音と画の再現性が上がり、感動が増すのではないでしょうか。
――再生メディアが生の舞台に勝る可能性が出てくるという事ですね。Dolby Atmosやauro-3Dといったイマーシブサウンドが入ってくると、これはもっと面白いことになりそうですね。巨大スクリーンの8Kで音源がグリグリ動くイマーシブサウンドなライブ映像……これはかなりスゴいですよ!
麻倉氏:そういうことも含め、今回は8Kの未来を模索する実験です。解像度、HDR、マルチチャンネル、ホールトーンやアンビエントの臨場感など、こういった要素を1つずつ解決していくと、さらに8Kのパブリックビューイングの有り難みや可能性が増してくるでしょう。8Kの方向性が非常によく分かる素晴らしいプレゼンテーションでした。
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