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» 2017年04月15日 08時00分 公開

麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」:次世代放送まであと1年! 活発な動きを見せる8K最前線(後編) (4/5)

[天野透,ITmedia]
いよいよ真打ち「ぶらっと江ノ電の旅」登場。世界に誇る日本のテレビ画質を支え続けたキューテックが、初めて番組制作を行った

麻倉氏:私とキューテックはLD(レーザーディスク)以来の長い付き合いがありまして。レーザーディスクの「ザ・リファレンス」シリーズは1980年代におけるブラウン管テレビの画質向上に大きく貢献したんです。画質向上のためには、静止画も含めた一定のシークエンスできちっとした画が出ること、つまりリファレンスコンテンツが重要です。

 しかし当時のパッケージメディアは、VHSやベータマックスあるいはUマチックで、LDが出るまでは安定して静止映像が得られるというメディアがありませんでした。これは現代の画質開発でも行われている手法ですが(4K時代の今ならばビコムの「4K夜景」が相当するでしょうか)、リファレンスコンテンツのあるシーンを指定して「この部分の階調を上げましょう」とか「コントラストがイマイチ」とか、あるいは「精細感を改善しましょう」ということは、LDというメディアができて初めて可能となったわけです。つまりそれまではリファレンスとして使えるパッケージングが存在しなかったということです。VHSとLDを比較すると、LDは静止画をリピートできて画質も圧倒的。日本のテレビの画質が飛躍したのはLDのおかげで、LDが世界を席巻した“ジャパン・クオリティ”の一面を担っていたことは間違いありません。

 そのようにキューテックがLDで作ったリファレンスコンテンツが、DVD、BD、そしてUHD BDあるいは8Kとつながるわけです。とくに有名なのは、BD時代に突入してから「QT 1000」というチェックディスクをリリースしたこと。私が監修したこのソフトにある墨の絵などは悶絶するほど表現するのが難しく、液晶テレビなどは私にいわせるともう最悪の画しか出てこなかったですね。暗部階調にノイズが乗って酷かった初期のプラズマテレビもこれで多くの問題を指摘し、解決していきました。

――優れたハードウェアの傍らには、いつの時代にも優れたソフトウェアが存在するということですね。

麻倉氏:その後継となる「QT 4000」もUHD BDでのリリースを検討中です。撮影はソニーの“CineAlta”4Kカメラ「F65」で、縦方向の画素が足りないために超解像で8Kを作っています。そのようなカタチでリファレンスコンテンツは作っていた訳ですが、番組としては初めての試みです。今回の企画はとても意欲的なもので「いかに大掛かりなシステムを使わず、ロケーションが可能な設えで、高品質な番組を作るか」をテーマに据えています。NHKのようにお金と人員と機材とをふんだんに投入してハイエンドを作るというのではなく、低コスト・低カロリーのカジュアルスタイルで8K番組を作ることに挑戦しました。

 それでも画質だけは絶対に手を抜かず、圧倒的にこだわっています。従来の常識でいくと画質向上には物量投入が定石で、大きなカメラと中継車による大掛かりなシステムとなってしまうため、とても電車の中には入りません。ましてや昭和の香りがする電車が走る江ノ電などもっての外。この企画をやるためには、電車の中に入る機動性と画質の両立が必要だったというわけです。

――これは8K番組制作の可能性を拡げる重要なチャレンジですね。新フォーマットが普及するには、やはり作りやすさという点が外せません

麻倉氏:高画質のために、まず非圧縮撮影が大前提となります。通常はパナソニックの“P2シリーズ”という業務用レコーダーでAVC圧縮記録をしますが、そこは画質で生きてきた小池さんのこと。非圧縮記録の結果、本編の容量は14分で約8TBとなり、素材全部を合わせると16bit TIFFのデータが68TBにものぼったそうです。

――ろ、68TB……

麻倉氏:撮影データはその場でSSDに記録され、後でバックアップをHDDにとるのですが、あまりにデータが膨大で一昼夜では終わらなかったとか。ですがそのかいあって、画質は圧倒的に良いですね。キューテックとしてはこれを基に8K時代のリファレンスコンテンツを作りたいわけで、そのためにもマスターデータの段階で圧縮をかける訳にはいきませんでした。

 番組内容ですが、”藤沢から鎌倉までの10kmを結ぶローカル観光鉄道である江ノ電の、電車から観える車窓風景と狭い住宅地を走り抜ける情景とともに、沿線の名所や風物、海を観ながらのカフェタイム、情緒ある町並みを巡り、その魅力を8Kで撮る”、と資料にあります。実は先日、試写会があったのですが、その時はキューテックの関係者の他に江ノ電の方々も来ていて、話を聞くと4K撮影の江ノ電は数年前にあったのですが、8Kは初だそうです。

藤沢駅での撮影の様子。何もかもが大規模になりがちな8Kの制作としては以外なほどコンパクトなカメラシステムだ(撮影:麻倉怜士)

麻倉氏:映像的に驚くのは、前面展望の安定感がすごく高いことです。電車はそれなりに揺れていてカメラには別段ブレ補正が搭載されているわけでもないのですが、画面の揺れがほとんどなかったです。撮影フォーマットは8K/HDRの2020ですが、HDRの効果は抜群でレールに当たった太陽光の鋭さがよく出ており、路面とレールの差をとてもよく感じます。これがSDRだとヌメッとした感じです。撮影は10月に行われたのですが、空の描写もSDRとHDRはまるで違い、SDRではトんでしまうきれいな秋晴れの青色がHDRではよく出ています。雲に関しても、上部が明るく下部が暗いという光による雲の対比や立体感あるいは模様や表情がHDRでは出ていますが、SDRではこれも浅い薄味になってしまい、実際に見たイメージよりもダルな感じです。

客室内から撮影した前面展望の様子。鉄路の輝きとアスファルトの光り方の違いがよく出ている

麻倉氏:中でも8K HDRの見どころとして鎌倉大仏の表面に浮く青錆は外せないポイントで、ロングで見ても緑青(ろくしょう)の粒立ちを感じます。8Kもそうですが、HDRの凄さはロングのアングルからでも色が立っていることでしょう。市街電車でもある江ノ電の特徴として挙げられるのは昼間も灯火運転をしているということですが、SDRでは白くなってしまうクラシカルな前照灯の発光体までもしっかりと見えてくるというのは8K HDRのすごさです。線路脇にビューポイントを構えて風景と車両を収めるという鉄道撮影の定石に則った撮影ですが、アスファルトの表面の凸凹感やバラストに用いられる線路の石などが、8Kではよく分かります。色でいうと、鶴岡八幡宮の朱い欄干(らんかん)の鮮やかな金色の頭や鳥居の柱の丸み、海の波の白さや江ノ島名物の釜茹でシラスの白色の立ち方など、SDRとはまるで違ってHDRならば8Kらしさが出ます。

鎌倉の象徴である大仏。表面に浮く緑青が700年の時代を感じさせる
透き通る細い魚体の鎌倉名物。麻倉氏命名「8Kシラス」

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