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オーディオビジュアルが追い求め続ける芸術表現の哲学――「麻倉怜士のデジタルトップテン」(前編)(5/5 ページ)

» 2017年12月28日 19時14分 公開
[天野透ITmedia]
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7位:Ultra DAC

麻倉氏:お次は第7位、ランクインしたのはメリディアンのフラッグシップ機「Ultra DAC」です。

――麻倉シアターに鎮座してしばらくになるリファレンスDACですね。てっきり昨年もランクインしていたかと思っていたのですが、昨年の項目はMQA。シアターに来たのは今年に入ってからなので、製品としてはランク外でした

麻倉シアターのリファレンスDAC「Ultra DAC」。MQAを開発したボブ・スチュアート氏が、MQAのリファレンス機として生み出した超弩級DAC。音質設計にはMQAの中核理論であるタイムドメインが大きく寄与している

麻倉氏:DACの世界でこの価格は超高価、ですが例えばマイテックの「Manhattan」やCHORD「DAVE」など、従来から100万円超えクラスはいくつかあり、1つのジャンルを形成していました。そんな中での「Ultra DAC」。初めて聞いて腰を抜かし、なんと250万円をその場で衝動買い(爆)

――衝動買いってレベルじゃないでしょう、それ……

麻倉氏:それが音に魅入られてしまったので「いくしかないだろう」となってしまったんですよ。何と言っても、現存する機器の中で超高音質と音楽性がどちらも最も優れている、それが魅力です。

 情報量という意味では、最新のハイエンドDACチップを使えばまあできるでしょう。でもUltra DACは「チップを使ったから良い」とかいったレベルを超越していて、トータルで出てくる音と音楽性が他を圧倒しています。「あれを使ったから」「この技術を導入したから」、そういうの因果関係がハッキリしていて分かり易いですが、音楽というのはそういうものではなく、最後に出てきたものが全て。その意味でUltra DACは「ここまでの音と音楽がよく再生できるな」と、本当に感心させられます。

――オーディオ界隈にはよく「本当に良いと言い切るならオシロスコープの波形を出せ」みたいな頓珍漢なことを言う人が居ますよね。「波形の違いで“音楽”の善し悪しが分かるなら、音楽はもはや人間の所業ではない」と切り返してやりたいと、僕は常日頃から思っています。我々がオーディオに求めるのは“キレイな波形”ではなく“良い音楽体験”なんだ、と

麻倉氏:10位のビクターでも同じ観点の話をしていましたが、全くその通りですね。Ultra DACの音を前にすると、理論で音への有効性を論じることが虚しいとさえ感じます。私のシアターにもexaSound「e32」やRME「ADI-2 Pro」など、現代流の最先端名作はいくつかありますが、それらを全て掌で転がしている、そんな風格の音楽です。

 そうは言っても、やっぱり気に入ったものは深く知りたい。なので私は、Ultra DACが音楽のソウル、在り方、意味性などをここまで出せる理由を色々と探り、今年はついに英国MQA本社にまで行きました。そこではメリディアンの歴史を語る年表と機材が並んでおり、アクティブスピーカー「M1」や「100シリーズ」「200シリーズ」など、当時のシステムを見ても、一貫して高度なエンジニアリングと、メリディアンならではの独自のスタイリング、使いやすさがあったように感じます。

 特徴的なのは“ファンクションを全て出す”という手法。リモコンに象徴されますが、メリディアン製品は1つのボタンに1機能なんです。旧モデルでは遠目で見て状態が分かるトグルスイッチが付いています。そんなところに感心しました。

――様々な機能が小さな画面に集約されるスマホの時代を、真っ向から否定していますね。人間とコンピュータのどちらが主導権を握るか、航空機業界ではあくまでパイロット重視のボーイングと、ヒューマンエラーをコンピュータで未然に防ごうとするエアバスが設計思想で真っ向対立していたりします。どちらが正しいというわけではなく、それぞれの利点、欠点を噛み砕くことで、我々は先へと進めるのだろうと僕は考えています

英国メリディアン本社に展示されている旧製品の数々。大きなボタンやトグルスイチなど、ひと目で機能が解る設計だ

麻倉氏:そういう意味で捉えるとメリディアンの思想は、どこまでも機械が人間に歩み寄るものですね。音の感動性に加えて、姿カタチにおける感動性、さらに使い勝手。トータルでハイエンドのオーディオをどう表現するか。それを真剣に考えていたのがメリディアンで、ソフトウェアはMQA、ハードウェアはUltra DACとして表れました。

 そのUltra DAC、デザインを見てみると、とにかくボタンがデカイ、尋常じゃない。リモコンには流石に大きなサイズのボタンは無いですが、本体にはデカデカとしたボタンが並んでいます。押す楽しみみたいなものがあり、これならばどこを押せばいいか迷いません。

 加えて特徴的なのは、色のカスタマイズができることです。標準色のブラックのほか、RAL規格の256色が追加料金不要のオプションで選べます。ちなみに私のシアターではグレーを選択しました。黒だと機械感はありますが、他の機器に埋没してしまいます。その点私のグレーはパルテノン的な四隅の柱が、すごく堂々と存在感を示しています。

 それにしてもこのDAC、音楽の再生能力が本当にスゴイです。ダイヤトーンのスピーカーイベントを何度かやりましたが、実はメーカーからコレをパートナーとして指定されました。先ほど名前が挙がったDACも含め、担当者があらゆる製品を試したところ「これ以外では出したくない」と。自分たちのスピーカーから最もよく音楽を引き出すのがUltra DACで、その音にやはりココロが奪われたそうです。どんなに良いスピーカーでも、それを活かすも殺すも入力信号、つまりDAC次第です。どれだけ“音楽を引き出すか、再構築するか、編成するか、奏でられるか”。DACというハイテクの塊のミッションは、そういうところに実はあるのです。

 基本的にはメリディアンのアンプテクノロジー、バランスアンプの考え方、音作りの考え方があり、そこに電源の安定感・パワー感が加わります。単純にDACが優れているというより、メリディアンが培ってきた音作りのノウハウが、中身を支えている。それが大きな力になっているのです。

メリディアン本社の試聴室にて。スピーカーはソナス・ファベール「OLYMPICA III」を据えている。ちなみに、メリディアンとMQAは同じ社屋に同居しているが、開発室も試聴室もそれぞれ別で用意されている

――次回は6位から4位までをお送りします。お楽しみに!

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