麻倉氏:どんどんいきましょう、第8位はベルリン・フィルとパナソニックの協業です。
パナソニックとの協業は去年も今年も取材しました。今年はいよいよ「デジタル・コンサートホール」で4K配信が開始し、取材ではテクニクスとパナソニックの一連の機材を持ち込んでデモを披露しています。
それにしてもパナソニックとベルリン・フィルは互いを上手く活用しました。パナソニックにとってベルリン・フィルは、自社ブランドの格を上げる存在です。対してソニーに去られてしまったベルリン・フィルにとっても、パナソニックの助けがなければデジタル・コンサートホールの4K化は達成できませんでした。どちらにとっても実りの多いWin-Winの関係です。
麻倉氏:ベルリン・フィルは、クラシックコンサートを世界で初めてライブストリーム中継した楽団です。コンサートホールに入って生演奏を聞けるのは、多くても3000人くらい。ところがネットに乗せると世界中の何百万人が同じ演奏会を同時体験できます。これは間違いなくカラヤンの思想ですね。チェリビダッケはメディアを拒否する人で、そのため音楽はホールに入れる2000人くらいだけのものでした。対してカラヤンはメディアを使い、世界中に何百万枚という“自身”を広めていきました。現代のベルリン・フィルは、ストリーミングという即座メディア。どちらもメディアを使うことに違いはありません。
――この手の話になると、僕としてはどうしてもベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」を思い出さずにはいられません。解説すると難しくなりますが、おおざっぱに言うと「芸術は一回性、希少性によって価値を持ち、存在することそのものが重要だった。それが複製技術によって接し方が変わり、見ること/体験することの価値が求められるようになる」という評論です。ベンヤミンはここから政治思想の話にまで飛躍します。
オーディオ・ビジュアルで僕が注目するのは、芸術に与えられた一回性「Aura(アウラ・オーラ)」という考え方です。ベンヤミンが活躍した20世紀前半の技術では、芸術の複製は“劣化コピー”でしかありませんでした。でも現代はそうではない。特に高度に発展したオーディオは、機材の個性を通して「生とは違う、自分だけの演奏」を追求することができます。「最上級の複製を通した“同じようで異なる芸術体験”から受ける個々人の感情は、新たなアウラと言えるのではないか」そんなことを数年前からずっと考えています
麻倉氏:君は難しいことも知っているのね。ベルリン・フィルのトーンマイスターのフランケさんには「Aura」という言葉を多用していましたね。オーディオ・ビジュアルは、テクノロジーと芸術の邂逅によって成立する世界ですね。新技術や新メディアなどの高品質化で体験の価値が全く変わるということは、これまでも我々が何度も通ってきた道です。当のデジタル・コンサートホールも、最初は圧縮音・圧縮映像でした。それが映像はHDになり、4Kになり、HDRが加わってきて、サービス開始当初とは明らかに体験の次元が違ってきています。
一方、音はまだAACのままで、ここはアンバランスです。Auro-3DやMQAなどが入ってくれば、また違った世界が拓けるでしょう。まず目指すはMQA。パナソニックも推めていますし、どうやらフランケさんもお好きな様子だとか。ボブさんも「次はイマーシブ」と言っていますので、何らかのカタチでは入ってくるでしょう。果たしてAuro-3DとMQAが一緒になるか、これは見ものです。
いずれにしろ、あるべき姿というのは4Kや8Kの高品質で撮って中継、音はMQAやDSDなどで基礎を底上げして、なおかつイマーシブにというもの。事ここに至って、カラヤンの理想がいよいよ完成するわけです。本物と見紛う映像に、縦方向も含めた高音質の立体音響。さすがにここまでにはまだ時間がかかるでしょうが、今回の協業でまずは4K化を達成しました。「Prime Seat」サービスを展開するIIJなどと協業することで、DSDなどへの発展も期待できます。「コンサートホールをあなたのご自宅へ」という流れにおけるクオリティー向上の道筋が、まずベルリン・フィル側に出てきた。これは人類の文化体験にとって、大きな飛躍といえます。
一方のパナソニックは、ベルリン・フィルから何を学ぶかが大きなポイントです。9月に聞いた説明によると、音の考え方や歴代指揮者の音楽観、ホールのポジションによる音の違いなど、音楽的な内容の講習だったとしていました。こういった知識や思想をパナソニックの池田さんが「トレーニー」として学び、日本へ持ち帰って社内で広めているそうです。果たしてコレの効果がどう出るでしょうか。
テクニクスから具体的なものはまだ見えていませんが、パナソニックからはベルリンフィルテレビ「EX850」が出てきました。テレビの音ではありますが、聞いたら意外とベルリン・フィルしています。担当者の湯川さんがフランケさんのインプレッションに立ち会って感じたのは「何と大きな音で聞くのか!」だったそうな。テレビでそんなに大きな音を出すのはそうそうないし、大音量がほしければ普通はステレオに行くでしょう。ですがテレビ単体でどれだけベルリン・フィルに迫れるかということは、大きな意味があります。高いハードルにトライする、志すこと自体が重要なのです。
それにしてもフランケさんはやっぱりスゴイ。修正点を周波数やdB単位で指摘してくるわけで、こういう高度な課題に挑戦することでテレビには過分なほどの音を得られました。“テレビの流れの中で音を良くする”というメイクセンスは、きっと今後につながるでしょう。
では本命のテクニクスはどうでしょう。「テクニクスの音」というのは、まだその方向性が固まりきっていません。今はいろんなことにチャレンジしていて、情報量があるとかいった音的な部分はクリアしています。が、音楽的なパッション感といった部分は、なかなかまだイマイチ出てこないという段階です。ココをフランケさんがどう指導するか。テクニクスにとってこれからの課題です。
それでもこの協業は着実に進展しているはずで、来年、次の製品辺りで形になることでしょう。たいへん期待したいです。
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