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オーディオビジュアルが追い求め続ける芸術表現の哲学――「麻倉怜士のデジタルトップテン」(前編)(2/5 ページ)

» 2017年12月28日 19時14分 公開
[天野透ITmedia]

10位:JVC「DLA-X990R」

麻倉氏:ここからは本題のトップテンです。まず第10位はJVCの最新プロジェクター「DLA-X990R」。私の印象的に、ブランド名は「ビクター」で語ります。

――やはり今年もプロジェクターがランクインしましたね

昨年のトップに続き、今年もビクターのプロジェクターがランクイン。「DLA-X990R」はフラッグシップ機「Z1」ユーザーの麻倉氏をして「黒だけに着目すると、ひょっとしたらZ1を上回るかも」と言わしめる実力派。絵作りに情熱を燃やす技術者達の、映像哲学の追及に対する飽くなき挑戦の賜物だ

麻倉氏:昨年のトップテンでは、4Kリアル画素のフラッグシップ機「DLA-Z1」がソニーの超弩級機「VPL-VW5000」との頂上決戦を制しました。Z1は私のシアターにも迎え入れたほか、新世代のリファレンスクラスということもあり、市場的にも話題になりましたね。

 一方、今年の4K/HDRプロジェクター戦線は“ミドルハイ”の戦いです。市場を牽引するこの2社でいうと、今年のソニー陣営はレーザー光源、フル画素、でもプラスチックレンズな「VPL-VW745」。実は世界初の民生用リアル4Kプロジェクター「VPL-VW1000ES」と同じ160万円なんです。この価格、当時はブッチギリのハイエンドプライスでした。対する今回も、プライスタグだけ見ると確かにハイエンドですが、1000にも届かない“745”という型番から分かる通り、中身はハイエンドではないミドルクラスです。

 一方のビクターは画素ずらし技術「e-shift」で4K化しており、光源にはこれまでのプロジェクターでも使われてきた高圧水銀ランプを使用しています。VW745と比較すると、あちらも確かにカチッとした良い絵です。そんな中で今回X990Rにひかれた理由は“黒の階調感”なんです。

――光を当てる機械で、光を当てない部分に注目する。理屈は分かりますが、うーん、深い

麻倉氏:HDR時代となり、巷ではよく“白のノビ”が注目されています。ですがプロジェクターでは白をそんなに伸ばすわけにもいかないんです。しかもテレビの「ドルビービジョン」などと違い、プロジェクターには確固としたHDR再生フォーマットも策定されていません。

 プロジェクターで重要なのは黒の再現性です。ビクターは伝統的にココが素晴らしいということはZ1導入の回で語った通りですが、今回はさらに磨きをかけてきており、黒の締りと階調性は本当に素晴らしい領域まできています。黒だけに着目すると、ひょっとしたらZ1を上回るかも、そんなレベルだと感じます。

 もう1つ外せないのは、HDRのイコライジング機能です。ソニーはピーク輝度をアジャストするという考えを持っています。が、HDRに関していうと、残念なことに先代フラッグシップ機「VPL-VW1100ES」以降はガンマ設定ができません。この問題は昨年のトップテンやZ1導入時にも指摘した通りです。

 ガンマ調整というのはクリエイターの思想や作品性、いわゆる「ディレクターズインテンション」に関わる部分。「そんな大事なパラメータを勝手にいじられるのはいかがなものか?」という、ソニー・ピクチャーズの意向が見え隠れします。グループに世界的なコンテンツホルダーを抱えるソニーだからこそ、クリエイターの意図した画をそのまま出したい、そのまま見てもらいたいとなるわけです。これはまあ論理的で頷けます。

 でも実際のところ、作品によってピーク輝度と平均輝度はぜんぜん違う。例えば大ヒットアニメ作品「君の名は。」の平均輝度は177nitsと、超暗いんです。ところが極彩色を「これでもか!」といわんばかりにぶつけてくる「マッドマックス」は2000nitsくらいあります。スクリーンのゲインも0.7くらいのものから2.7もあるようなものまであり、同じ光を出しても反射光の明るさは大きく変わります。しかもプロジェクターはスクリーンサイズでも投射距離でも明るさが変わる。小さな画面だと光は凝縮するし、大画面だと拡散して薄まるわけで、様々な環境で良質な出力を得られるには、これらの要素をアジャストしないといけません。

 こんなことを考えると、HDRにおいてガンマは超重要だと分かります。ビクターはココが素晴らしい。環境(部屋の明るさ)、スクリーンサイズ、輝度、コンテンツのmax CLL(コンテンツ・ライトレベル)とmax FLL(フレームアベレージ・ライトレベル)のバラ付きなどをアジャストできる機能が、ビクターにはあるわけです。それがピクチャートーン、暗部調整、明部調整の3つ。

 ドルビーが「論理的に考えて10000nits欲しいよね、最低でも4000は必要よ」なんて言ったものだから、これまでのHDRはmax FLL、つまりピーク輝度を伸ばしていました。でもこのピーク輝度というのは大画面の中のごく一部、小さな面積だけが局所的に明るければ「スペック的には」良いわけです。従来の評価軸もこちらを重視していました。それも確かに欲しいですが、映像作品においてもっと重要なのは平均輝度。ビクターはこっちに重要性を見出したわけで、このパラダイムシフトが革命的なのです。

 では、それをどう実現するかというと、中点の基本設定をまず定めて(Z1は1000nitsですが、990Rは数100nits)、明るいものは落とす、暗いものは上げるという処理をしています。例えば「君の名は。」は若干上げる、イラク戦争を題材にした映画「ビリー・リン」などは超明るいので下げてやる、といった具合です。つまり何も考えずに信号を機械的に出すのではなく、環境に最もあった絵を出す。これこそ本当のディレクターズインテンションではないかと私は考えるわけです。

――スペックを重視するか、印象や感動を重視するか。オーディオ機器でもいえることですが、最後に評価するのは人間だということを、どんな時でも忘れてはいけないですね。数字の正確性を追い込むのはコンピュータの仕事です

麻倉氏:実例を挙げましょう。「ラ・ラ・ランド」チャプター5の「Dance in the dark」、黄昏時の公園で踊る名シーンで、暗い広場の中で、街頭だけがピンポイントで眩しいという構図です。波止場で主題歌「City of Stars」を歌うシーンもそうです。これらの場面では、主人公ではなく明るい街灯の方に目がいってしまい、なんだか「HDRやりましたよ」という言い訳のように見えてしまいます。こんな時、ビクターはあえて、明部階調、つまりピーク輝度“だけ”を落とすんです。すると何が起こるかというと、実は街灯の中に入っているのがLED光源だということが分かる。要するに元の絵は単に明部がトんでいただけだったと(苦笑)

――え〜、マジか(笑)

麻倉氏:マジなんですよコレが。こんなことができるのはビクターのプロジェクターだけで、他社プロジェクターはもちろん、テレビにもこんな機能は全然ありません。e-shiftという画素的な物足りなさは確かにありますが、HDRソフトを最高画質、最高の快適さ、最高の環境で見られる機能が付いた、唯一のディスプレイといえます。基本的にはディレクターズインテンションに寄り添い、これを如何にリッチな情報量を保って、家庭に持っていくか。それだけを日夜考えている、そんな技術者の苦労の結晶ともいうべき製品です。

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