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オーディオビジュアルが追い求め続ける芸術表現の哲学――「麻倉怜士のデジタルトップテン」(前編)(3/5 ページ)

» 2017年12月28日 19時14分 公開
[天野透ITmedia]

第9位:ローガン・ノワール

麻倉氏:続いて第9位はUHD BDソフト「ローガン・ノワール」です。以前にも取り上げましたが、今年はマッドマックスとローガンが4K HDRによって「最新のモノクロ映画」になりました。これにより作品の本質が出てくる、我々が目にするのはフルカラーの世界ですが、絵の本質はモノクロにある。監督からのメッセージ性は、むしろ色という余分な情報を省いたところにあるのではないか、というお話です。

カラー映像が常識の時代に、あえてモノクロによる作品性を問うた「ローガン・ノワール」。色を脱ぎ捨てることで、“昏い”物語の刺激を抉り出すことを試みている

麻倉氏:マッドマックスの場合は、荒涼感がハンパないんです。確かにフルカラー版でも、ロケ地となったナミビアの赤銅色が世紀末の雰囲気を醸し出しています。が、色が無くなると、岩のゴツゴツ感、地面の凹凸などが出てきます。イモータン・ジョーやウォー・ボーイズなどの人物もゴツゴツしているし、クルマもゴツゴツしている。この世のものとは思えない、そういう過激さ・エクストリーム性が、色を削ぎ落とすことで出てくる。これがモノクロの良さです。

 一方ローガンは暴力性、ミュータント・非人間性の表現を試みています。監督が描きたかった“Noir(ノワール 黒/背徳)”の世界が、色が無くなることで描き出されます。物語は自動車強盗から始まり、暴力や逃走のシーンも多く、テンションは高いが全体的にトーンが暗いという作品です。ところが色が付くと“ある部分”を美化してしまう。美的な空間の中でドラマが繰り広げられる、そんな感じです。

――日本の近代文学で、島崎藤村や田山花袋が挑んだ自然主義、谷崎潤一郎に代表される耽美派、というムーブメントがあります(日本では自然主義が先)。人間の欲や快楽などを美と捉えて描くことを目指した耽美派に対して、作者の美意識や意図性さえも否定して、ひたすら観察的に人間を描き出すことを目指したのが自然主義です(日本では少々曲解されていますが)。耽美的なカラーに対して写実的なモノクロと、この2者はどことなく文学のムーブメントに通じる関係性が、僕には見え隠れします

麻倉氏:さすが文学部出身だから、専門的だね。官能的な色が無くなることで、それが冷酷な事実をさらけ出すノワール/暗黒の世界へ。暗さの階調の中で“昏い”物語が語れてゆくということですね。映画が持つコンセプトにはこちらの方がスゴくよく合うと感じます。こういったチャレンジが、今後も続くことを期待したいです。

20世紀フォックスが国産旧作アニメを修復

麻倉氏:と、ここでもうひとネタご紹介。先ごろ20世紀フォックスが、4K UHDで1980年代の国産旧作アニメ修復を発表しました。2017年はアニメ誕生100年。劇場版「コブラ」「あしたのジョー2」を35mmフィルムから4Kマスタリング、4K修復で、4K対応のUHD Blu-rayにパッケージングするという内容です。そのキレイさに、観て非常にビックリ。これまでのBDでは再現できないような輪郭感、色の文(あや)がよく出ていて、日本制作のセル画アニメの風合いを実によく捉えています。これはちょっと感動ものだと。

 まず12月に「コブラ」、翌2月に「あしたのジョー2」というスケジュールです。映像を手掛けたのはどちらも出崎統監督。アメコミ的な華やかな色使い、テクスチャーで彩られ、当時の日本アニメの水準からはちょっとトんでいた感じが再現されています。

――出崎監督というと「エースをねらえ!」や「ベルサイユのばら」、近年では「劇場版CLANNAD」などを手がける大アニメ監督です。僕もちらと映像を見ましたが、光の表現、特にコブラの、画面上部から差し込んでくる光線がスゴくリアルなことに驚きました。当時を知らないので断定はできませんが、劇場はともかく、あの質感を当時のパッケージ環境で再現するのは、おそらく不可能だったのではないでしょうか

2011年に惜しまれつつ亡くなった出崎統監督作品「劇場版 SPACE ADVENTURE コブラ」。セル画の生命感と実写の先鋭的な光が、息をのむ決闘シーンの緊迫感を加速させる。4K HDR時代だからこそ表現できる映像世界だ

麻倉氏:出崎監督は光の表現にこだわる人と聞きます。フィルムに実際の光を当てて反射させている、つまり光の部分は実写だそうですね。

――すごく先鋭的な光で、それが息をのむ決闘のシーンに使われ、独特の緊張感を演出してます。それは大画面の効果もあるし、手書きのセル画と実写光の質感の差もあります。僕が知っている1990年代のブラウン管テレビでも、なかなかこうはいかなかったかと

麻倉氏:ということは、今初めて作品の本質が描き出されるわけですね。

――おそらくこれが、出崎監督がやりたかったことなんだろう。映像を見るとそんなふうに感じます。それが技術によって出てきた、アニメ好きとして実に喜ばしいことです

麻倉氏:フォックスとしても、日本アニメの旧作は初挑戦です。修復・マスタリング・制作ともによく頑張っていたので、是非ご紹介をと思い、取り上げました。

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