著者プロフィール:郷 好文
マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」
困った。まだ春じゃないのに、もう身体がかゆい。背中、耳の後ろ、首すじ、頭、ヒジの外側……どこもかしこもかゆみが広がってくる。老化による乾燥肌ではない(認めたくない)。花粉症でもない(なってたまるか)。またしても春が早そうな地球温暖化のせいだろうか(大変!)。
体の場所によってかゆみは違う。背中がかゆいのは“ゾクゾクッ”として「早く掻いて!」と思うから、背中を“ガーッ”と掻いてもらいたくなる。耳の後ろは“ソワソワ”かゆいので“ちょこちょこ”と掻きつづけてしまう。首筋のかゆみは“ほてっ”てくるので優しく“ナデナデ”。頭は爪を立てずに“コリコリ”、ヒジはかゆみが広がるから“我慢我慢”……でも“ガリガリ”とやっちゃうんだな。
かゆみが治まらないので、今週もエッセイを1本掻く……もとい、書くことにしました。おっと、“ガクッ”な駄洒落ですみません。
さて、ここまでの私のかゆみの表現は、読者のそれと一致しただろうか。かゆみ表現から気付かされるのは、日本語の「擬態語」「擬音語」の豊富さだ。人によって表現がまったく同じでなくても、現代ニッポンに暮らしている限り、擬態語(ゾクゾクッ)、擬音語(コリコリ)の表現にはだいたい共通の理解があるものだ。どんぴしゃであれば「そうだよね〜っ!」と共感が深まる。
音や態を擬しているがゆえに、誤解が生じることもある。例えば皮膚科医院でのすれ違い。「先生、かゆいんです」「どこがだね?」「ヒジの内側とかヒザの裏とか……」「どんなふうにかゆいの?」「ザーッとかゆくなるんです」「ほお。腕全体がざっとかゆいんだね」「いえいえ、そうではなくて、ズーンとかゆくて」「そうなの、ずっとかゆみが治まらないんだ。じゃあクスリを出しておきましょ」
美容室でもすれ違いは起きる。シャンプーのとき、美容師さんが髪を洗いながら「かゆいところはありませんか?」と聞く。内気な私は、本当はかゆくても、気恥ずかしくて「別にないです」と答えてしまう。知り合いの女性はイケメン美容師に「かゆいところは?」と聞かれて「背中!」と言ったところ、そこは美容師さんも心得ていて「今はあお向けでしょうー。あとでねー」と軽くいなされたそうだ。
ヒト同士はときに誤解やすれ違うこともあるが、モノの商品紹介や評価では擬音語・擬態語は効果がある。次の文はあるワインの商品案内文から引用したもの。
「味わいは凝縮していてぶどうの要素がギッシリと詰まっている。どことなく甘みを感じさせる魅力的なアタックの後、角は無いが力強いタンニンが内から湧き上がってくる。」
擬態語「ギッシリ」に商品の濃縮度を感じ、これで買いたくなる。「どことなく」は抽象的なので、擬態語「じんわり」に変えてもいいだろう。「沸き上がる」に“ズシンと”を付けると表現に膨らみがでる。ちなみに「アタック」とはワイン用語で、最初の一口の“ズバッ”を言う。ワインに限らず食品では、擬態・擬音で表現が豊かになる。それは次のあるワインの紹介を読めば納得してもらえるはずだ。
「言葉では言い表せない世界が待っています」
……まったく、売る気があるんだろうか? ウソくさ〜っ! と擬態で悪態も付きたくなるというもの。
食品以上に擬音語・擬態語が盛りだくさんの商品もある。化粧品口コミサイト@cosme(アットコスメ)で、あるシャンプーについてユーザーがどんな風に商品評価をしているか、そのフレーズを拾ってみた。
「バッサバサ」「ゴワゴワ」「最初ツヤが出た! と思ったけど夕方にはキシキシ&なんか小さなブツブツ」「くっさー! 何の匂い!」「ストンと落ち着きます」「スルンスルン」「“おばあちゃんの香り”」
女性の“擬”表現力はかくも豊かで高い。くだくだと書き連ねた効能書きより、どんな商品なのかがグンと伝わる。
はたして“擬”表現力には性差はあるのか。ソニーの世界初の有機ELテレビ「XEL-1」のレビューから、擬態語ライクなフレーズをひろった。このレビューの筆者は男性だ。
「別次元の画」「次世代テレビの面目躍如」「没頭感のある視聴環境」「拭いて愛でる」「いじくれるのが楽しくてしょうがない」「ひとりじめ感」
良い線を行っているのだが、このレビューには擬音語も擬態語も出てこない。AV商品なのだから画質や音響、使用方法、触感に擬態語や擬音語がグィッと入れば、レビューはもっとヴィヴィッドになったはず。
そこで思いだしたのはソニーの中鉢社長のことば。「ソニーのテレビは“ドきれい”じゃなければ」。この擬音語 “ド” にはインパクトを感じた。もちろん、中鉢社長は男性だ。問題は、性差というより“擬”表現力の高低のようである。
擬音語・擬態語を科学する動きもある。花王の香料開発研究所では「快適感」という情緒的な感情の定量分析に取り組む。商品の快適度を16種類の感情表現に分類し、例えばお風呂とシャワーの“快適さの違い”を定量評価しているのだ(擬態語で言うなら、「はぁ〜」と「シャキッ!」ですかね)。
16種類の感情表現とは、図のレーダーチャートの周りに書かれたことば。消費シーンや目的によって快適の感情表現を数値化し、商品評価や消費者心理をググッと探る。ときめきには“わくわく”や“どきどき”を、爽快には“すっきり”や“さっぱり”の擬態語にチェックもするようだ。ぜひリラックスには“ふぅ〜っ”、達成感に“グゥッ!”を入れてもらいたい。
マーケティングの商品評価にも、擬態・擬音を活用できそうだ。試食や試飲で「いかがですか?」と訊いても、お客さまは「う〜ん、そうねぇ……」と固まったり、「いいですね」とひと言で終わったり。なかなか言葉が引き出せないことがある。その代わりにこう聞いてみてはどうか。
「“どっひゃあ〜感”、ありますか?」
試用者が「“どっひゃあ〜”まで感じてないね」と言えば「じゃあ、“わぉ!”ぐらいですか?」とツッコミを入れる。「いや、“わぁ”ぐらいだなぁ……」「どこが“わぁ”なんでしょう」「ここかな?」とかゆいところに迫るのだ。インタビューに限らず、アンケートでも「興味深い/普通/よくない」といった感情レスな尺度ではなく、「グ〜ッ!/ニコニコ/フフン/ズルッ」。これなら回答率もアップするかもしれない。
そこでふと思い出したのが、このエッセイの“うふふ”というタイトル。……今回、読者の評価が「うぅ〜っ!」だったらどうしよう?
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