著者プロフィール:保田隆明
やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「投資銀行時代、ニッポン企業の何が変わったのか?」「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou
年明け以降、株安基調が続いている。日経平均で見ると、去年は1万7000円、1万8000円を越える場面もあったので、現在の1万3500円前後というのは20%以上の下落といえる。
前回、日本の株価下落は政府が構造改革を怠った結果であると書いたが(参照記事)、一方で国や金融機関が去年行っていたことと言えば「貯蓄から投資へ」のスローガンを大々的に掲げ、我々の貯金を少しでも投資に向けようとする試みだった。株式投資、外貨商品への投資、投資信託の購入と挙げればキリがない。特に銀行や郵便局でも販売が可能な投資信託の販売量の伸びは著しいものがあった。「株式投資は怖いからできないが、少しは資産を増やしたい」という個人に対し、政府や金融機関がこぞって「貯蓄から投資へ」のスローガンをプッシュしたことにより、大量のお金が投信に流れた。
特に、銀行や郵便局という、かつては元本保証の商品しか扱わなかった機関が投信を販売するとあっては、いくら投信は元本割れのリスクがあると言われても、感覚的には元本割れを起こすことはめったにない運用商品という印象を一般個人は受け取ったことだろう。投信の購入者が利益を上げようが損をしようが、販売した銀行や郵便局の手数料に影響はない。販売すればするほど手数料が落ちる。銀行や郵便局にすれば“売ったもん勝ち”なのである。
投信にはいろいろなタイプの商品があるので、日経平均が20%下落したからと言って全ての投信のパフォーマンスが悪いわけではない。また、今の株価下落が一時的なもので、今後株価が回復してくれば何も騒ぐ必要はない。
しかし今の状況が続けば、当然ながら元本割れするものも多く出てくる。一般個人にしてみると「元本割れはほぼないと思って投信を購入したのに一体どういうことだ」ということになる。投信購入時に元本割れのリスクをキチンと認識していなかったという個人投資家も多く存在するだろう。そういう場合は金融機関に文句を言うわけだが、実は、昨年からそういう投資商品に関するクレームの類では、金融機関への保護が手厚くなった。それは2007年秋に施行された金融商品取引法(金商法、参照記事)のおかげである。
金商法では、金融機関が投資商品を投資家に販売するに当たって、キチンとリスクを説明することとされている。それまでも金融機関にはリスク説明の責任があったが、それがより強化されたと理解していただければいい。これは投資家保護の観点で導入されたのだが、実際のところは金融機関保護にしかなっていない。あとになって個人投資家が金融機関に文句を言っても、「だって、あの時キチンとリスクを説明したじゃないですか。私たちには何の責任もありませんよ」と金融機関側が言い逃れをすることができる。
「貯蓄から投資へ」というスローガンの結果どうなったかといえば、個人の預金から金融機関へ資産が移転しただけで、得をしたのは手数料を稼いだ金融機関のみだ。昨年から政府は「個人消費が低迷しないことが日本の景気拡大には重要」と言い続けているが、投信で損をしてしまっては消費意欲はますます低迷する。景気拡大どころか減速した結果、また株価が下がり、投信や株式投資で個人は痛手を負うというネガティブスパイラルにはまってしまう。
構造改革を怠り、金融市場としての魅力向上を行わず、一方で、貯蓄から投資へというスローガンを鳴らして個人の資産をいたずらに投資に向かわせた国の罪は重い。
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