試合に負けたとしてもカタルシスのある試合ならサポーターは付いてくる。
その好例は“ドーハの悲劇”だ。1993年のワールドカップ予選最終戦、勝てば日本代表のワールドカップ進出が決まったイラク戦で、ロスタイムに同点ゴールを決められ予選敗退が決まった。
深夜に行われた試合の翌日、会社に行けるかどうか分からなかった。駅のホームでスポーツ紙を開く人々を見て、「のんきにもほどがある。何て無神経なんだろう」と思った。会社に着くと「郷さん、今日大丈夫?」と課長が声をかけてくれた。
しかし、ドーハの悲劇はサッカーファンを減らさず、増やすことに成功した。負のカタルシスもサポーターを育てる。スポーツビジネスの顧客満足とは“あの時”のメモリーを共有すること。最近の日本代表の試合が人気薄なのは、正も負もカタルシスが少ないからだ。
レッズの2008年のスローガンは「再びあの場所へ、共に闘おう」。その言葉は、ビジネスとしてもサポーター獲得戦略の起点となる。サポーターの“あの時”を作り、心を囲い込む。リーグトップの収入を誇るレッズの戦略を見てみよう。
サポーターの象徴である“大応援旗”。浦和レッズの本拠地、埼玉スタジアムでは無数の旗が振られるのだが、それには理由がある。オフィシャル・サポーターズ・クラブの登録をすると公認サポーターズ・フラッグ(大応援旗)がもらえるのだが、オフィシャル・サポーターズ・クラブの特典はこれと「認定カード」「認定ピンバッジ」「認定ステッカー」だけ。しかしこれだけに絞り込んで、サポーターに利用してもらうことで、「みんな気持ちは一緒」というメッセージが貫きやすくなる。
そして大切なのは“縦”に向かう力を、フィールドだけではなくビジネスにおいても組織全員が持っていること。2002年に社長に就任し、レッズ躍進の原動力となった犬飼基昭さんはこう語る。
「サッカーというのは、縦にいって敵のバックと味方がファイトして、またその勝負したあと、縦に行ってゴールを目指すというのが基本なんです」(浦和スポーツ 2004年1月10日号より)
“縦”も“やり”も元は犬飼さんが広めた言葉。攻める意識の高い選手を選び、監督を抜擢(ばってき)してきた。試合も事業戦略も縦に行く勇気を持てたのは、彼の功績に違いない。
犬飼さんはレッズの業績を高めた後、2008年からは日本サッカー協会の会長となった。協会でも、バックパス禁止令やJリーグ秋開幕制度の提案など“世論喚起”をして縦に走り続けている。その提案には賛否両論があるが、先頭が縦に走る姿勢を見せていれば、サポーターが離れるということはないだろう。
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