ミツバチ失踪で農業生産が停止?――アインシュタインの危惧は現実になるか(2/2 ページ)

» 2009年07月02日 07時00分 公開
[井上卓哉,INSIGHT NOW!]
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ミツバチ失踪の原因は?

 では、このミツバチ不足にどう向き合えばよいのだろうか? 日本でのミツバチ不足がCCDであるとの確証はないが、CCDの原因仮説を見ていくと我々が対峙(たいじ)すべき問題の本質が見えてくる。

 CCDの原因としては、「(1)ミツバチの栄養失調説」「(2)遺伝子組み換え作物説」「(3)新型ダニ説」「(4)電磁波説」「(5)農薬説」などが挙げられる。ただし、いずれも断定できるほど強力な根拠とはなっておらず、10年以上前から指摘されていた言説であることから、ここ数年での急速な減少の説明になっているとは言えない。

 そこで注目されているのが、上記の(1)〜(5)のような複数の要因が絡み合って、ミツバチの免疫力が慢性的にかつ世代を超えて低下したとする「ストレスによる衰退説」である。免疫系の異常は、崩壊していた巣に残っていたハチを調べたところ、15種もの病原が体内に保持されていたという調査結果から明らかにされており、何かしらの原因でハチの免疫系が異常な状態にあることは確認できている。そして、その原因とは人間世界の資本主義経済に組み込まれたことによるストレスだと言うのだ。

 象徴的な例で言うと2000年代、カリフォルニアでは、アーモンド栽培が成功し「アーモンドゴールドラッシュ」とも呼ばれる状況となった。そしてより生産量を高めるために、アーモンド農家は、商業養蜂家からミツバチの巣箱を借り、畑から畑へとミツバチを移動させ、受粉させた。そのためには、ミツバチ用のたんぱく質サプリメントを投入するなど「ミツバチを働かせるための」投資も惜しみなく行われた。

 しかし、エネルギー分を投入したらその分だけ働くほどハチは合理的にも単純にも生きていない。受粉昆虫は、2種類以上の花や花粉から総合的なエネルギーを調達するのを好むと言われているが、偏重な栄養分を強制的に摂取させられ過重にアーモンドの受粉を担わされた結果、ミツバチはその役務も生きることも放棄したのだ。

 ミツバチは卵を産み落とされた場所によって、繁殖が許される女王バチと働きバチに自然と役割分担がなされる。そして、働きバチも幼虫を育てるハチと花粉やみつを幼虫のエサに変える貯蔵ハチ、外部から花粉やみつを調達するハチの大きく3つに分けられる。働きバチはこの3段階を誰の指図を受けるまでもなく、自ら気付いてその役割を引き受けるようになり、最終的には、調達ハチとしてその生涯を終える。

 1つの巣で5万匹のハチがそれぞれ1ミリグラムと言われる脳で個別の決断を下しながらも、群れ全体では調和と知恵が保たれ1つの生命体「超個体」として機能してきた。特定の個体の意志決定や指示を受けずとも、精妙な自己組織化力を発揮してきたハチが、巣を放棄し、失踪するということはこの超個体の死、すなわちハチ一家の死を意味するのだ。

 ミツバチたちをそこまで追い詰めた原因を探るには、最初の問題設定が重要であることは言うまでもない。もし、本当にCCDの原因がストレスによる衰退であり、その結果、ハチが巣の放棄を起こしているとしたら、短期的な人間都合の需給バランスの調整といった視点ではこの問題に対処できているとは言えない。

 仮に健全なミツバチを調達してきたとしても、人間世界の経済理論に組み込まれれば、過労によるストレスを抱えることは時間の問題である。ハチと人間との共存の歴史は、紀元前6000年前にまでさかのぼると言われるが、ついに我々人間はハチから三行半を突き付けられたのだ。人間にとって必要な商業農産物の量から逆算した勝手都合な理論通りには、ハチは働いてくれない。この兆しを真摯に受け止めハチとの共存を望むのであれば、私たちは「経済合理性や収益の最大化」という大名目を放棄しないといけないのだろう。

 サステナビリティという言葉が注目され、エコブーム・環境意識の高まりを日常生活の中でも実感する機会が増えている昨今ではある。しかし、人間世界の合理性や都合を前提とした自己満足な取り組みをしているようでは、我々人間こそがその種の存続が危ぶまれることになる。人間たちの「問題設定」能力に、ミツバチが命をかけて疑問を呈しているのではないだろうか。(井上卓哉)

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