「とろける」食感大流行のナゾにせまる!それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2009年10月26日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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ストレス社会を背景にしたメッセージづくり

Creative Commons.Photo by Migraine Chick

 食品の柔らかさに関しては、現代において低下する一方の「食事の咀嚼(そしゃく)回数」との関係が深そうだ。

 『料理別咀嚼回数ガイド』(風人社)によれば、時代の変遷と激減していることがよく分かる。1回の食事あたり、弥生時代は3990回、鎌倉時代2654回、江戸時代1465回、戦前1420回、そして現代620回だという。

 さすがに弥生時代の食べ物は固そうで比べるべくもないが、戦前の数字を見れば、ここ60年で6割減っていることが分かる。簡単に言えば、我々はもはや「固い食べ物に耐えられないカラダ(アゴ)」になってしまっているのではないだろうか。こんなことを書くと、歯医者さんあたりがさらに頭を悩ませそうだが、この流れは止めようもないように思う。若年層の柔らかいもの嗜好だけではなく、高齢化が進む世の中では、固いものは敬遠されがちである。老いも若きも「とろけるLOVE!」なトレンドなのである。

 咀嚼というフィジカルな理由だけではないようにも思われる。とろけるは英語だと「melt」に当たるが、meltは「人の心などが次第にやわらぐ」という意味も持つ。日本語の「とろける」にも、人に優しい、温かいといった癒やしのニュアンスが含まれている。

 Googleで検索をしてみる。「とろける」で、検索結果が約259万0000件出てくる。「癒やし」で検索する。約3100万0000 件と、いかに癒やしが求められているのか分る数字が表示されるが、続けて「癒やし とろける」だと約 24万3000件が表示される。「癒やし」と「とろける」という言葉はやはり親和性が高いと言える。

 とろける飲料を飲んで「ホッ」。とろけるシチューを食べて「ほ〜っ」。そのほかの食品も口中で柔らかく溶けていったり、崩れて広がっていったりする食感で「ほっ」と癒やされているのが現代人の食の風景であり、現代人のメンタリティーなのではないだろうか。

 日経MJが2009年10月14日の誌面で同社の産業地域研究所の調査データを掲載した。「景気低迷や雇用環境の悪化に加え、職場や家庭の人間関係など、現代社会ではストレスを避けて生きることはできない。実際、今回の調査でも、若者・女性を中心とした半数以上が『強いストレスを感じている』と答えている」ということだ。そして、「ストレスの高い人のストレス解消法を探っていくと、『睡眠』『飲食』『たわいないおしゃべり』など、比較的単純でストレートな方法で憂さ晴らしをしていることが分かった」という。

 ストレスを感じている人は半数を超え、時々感じる人まで含めれば100%近くに上るというこのストレス社会。調査結果は「ストレス解消に新たな商機」と報告しているが、まさに誰もがストレスを感じて癒やしを求めている時に、「飲食によるストレス解消」を狙って「とろける」「とろとろ」な飲料や食品が展開されているのだろう。

 10月19日付日経MJのコラム「ブランド深化論」で、花王の食器用洗剤「キュキュット」のことが載っていた。

 P&Gとのシェア争いの中、機能性競争をやめ、「皿洗いの仕上げ段階で、食器を指でこすり“キュキュッ”という音を確認する」という体感を武器にしたとのこと。つまり、機能的価値よりも情緒的価値、工業品質よりも知覚品質で戦ってシェアトップを奪取したという。

 モノを食べたり飲んだりする行為では、栄養の摂取が中核価値で、それがおいしいとかが実体価値となる。「とろとろ」は付随機能としての情緒的価値であり、ストレス社会において、消費者はそこに知覚品質を見いだしている。

 「心を柔らかくする」のは食品だけに求められているわけではなく、他の商品・サービスでも同様だと考えられる。マーケティングの頭の体操として、自分たちが提供している財、サービスの擬音語にしてみたらどうか。そして、その擬音語が一体どんな情緒的価値を持ち、誰のどんな心に突き刺さっているのか、考えてみよう。新しい発見が生まれるかもしれない。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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