「花畑牧場」ブランドの価値とは何か?それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2009年12月02日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
前のページへ 1|2       

東京進出で失ったもの

 「花畑牧場ブランド」に対する消費者のイメージが大きく変容していることは確かだろう。推測になるが、やはり、「急拡大によるブランド価値の希釈」という側面は否めない。東京進出による規模の拡大と北海道限定の希少性がトレードオフされた。

 より多くの顧客に愛されるために、規模の拡大をする必要は果たしてあったのだろうか。

 かたくなに北海道限定にこだわるブランドには、例えば石屋製菓の「白い恋人」がある。2007年には、ブランド存亡の危機から復活した。消費期限を1カ月先延ばしに改ざんした問題で販売停止となったのである。Wikipediaによると、同社は経営者の交代や再発防止策の励行によって100日後に販売を再開したが、その際、再開を待っていたファンが殺到し各店舗で即日完売。以後、しばらくは品薄が続いたという。

六花亭マルセイバターサンド(Creative Commons.Some rights reserved. Photo by jetalone)

 もう1つ。六花亭製菓の「マルセイバターサンド」を思い出す人もいるだろう。同社も北海道にしか出店しない方針を貫いており、2009年9月21日号の日経ビジネスによると、日経BPコンサルティングが実施しているブランド調査で、同社は製菓業の中で上位につけ、何と老舗のとらやを上回ったという。

 ブランド論の大家、デビット・A・アーカーによれば、「ブランド認知の資産価値」はまず、「Evoked set(想起集団)」に入ることであるという。そのブランドを「知らない」(未知)→「知っている」(認知)という段階を経て、「意識している」(想起)という段階に至る。そして、「●●ならこれと決めている」という「トップ・オブ・マインド」の獲得が最終ゴールである。Evoked setに入るのは、「想起」状態のブランドと「トップ・オブ・マインド」のブランド。合わせてもせいぜい3つであるとされている。

 では、「白い恋人」はどのようなカテゴリーのEvoked setに入っているのだろうか。紛れもなく、「北海道土産」というカテゴリーであろう。「マルセイバターサンド」も同様に、北海道土産というEvoked setに入っているのは間違いない。白い恋人やマルセイバターサンドが、「これに勝るほど美味しいお菓子はない!」というほど絶品であるかといえば、筆者は決してそうは思わない。個人の感覚によるだろうが、もっとおいしい菓子はいくらでもある。しかし、商用や旅行で北海道を訪れると必ず買ってしまう。それはなぜか。

 アーカーによれば、ブランドには「顧客が認めている、その製品ならではの価値」があるという。客観的に測定可能な価値を「工場品質」というが、ブランドが持つ「知覚品質」とは、工場品質に対して、顧客の頭の中にある主観的な評価だ。

 顧客が「白い恋人」や「マルセイバターサンド」を評価するのは、「北海道ならでは」という「知覚品質」を買っているのである。

 「花畑牧場」は確かに、東京進出によって、「全国区のメジャーブランド」という知名度を手にした。しかしその代償として失ったものは、北海道土産としての「知覚品質」ではなかっただろうか。

 では、「北海道土産」ではないとしたら、「花畑牧場」はどのようなEvoked setに入っているのだろうか。それは、もしかすると「流行りもの」というカテゴリーかもしれない。

 流行りものはすたれるのも早い。「一度は味わってみよう・買ってみよう」という一見客は集められても継続顧客化することは難しい。「知覚品質」も、「流行りもの」という前提条件の下で評価されてしまう。

 一方、北海道土産というEvoked setに入っている「白い恋人」や「六花亭」は、北海道に行くたびに買ってしまうという継続顧客を生む。さらには、「北海道に行く」という人に「買ってきて!」とリクエストする人も囲い込む。

 前出の大西氏の指摘にある、花畑牧場の「ブランドとして離陸の段階から維持継続、さらに成長と進化」は容易な道ではないように思われる。

 田中氏の理念は素晴らしい。前出の東洋経済でのインタビューでは、「花畑牧場は地方再生、雇用創出を目指してやっている」「このままでは日本の農業は終わってしまう。オレは日本の農業がちゃんとビジネスとして成り立つようにしたい」などと語っている。

 それだけに、拡大をあせらず、誰からも愛されるブランドへと育て上げてほしい。都心進出が本当にベストアンサーなのか、もう一度熟慮してほしいと願う。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.