“給料泥棒”のコストを計算してみた吉田典史の時事日想(3/3 ページ)

» 2011年07月08日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]
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会社はこんなに支払っている

 さて、今度は先ほどのデータの下の部分に注目してほしい。これは、上の部分で示したケースの場合、会社がいくら負担しているかを表したものである。例えば、会社員が風邪などで病院に行く時に窓口に提出するのが健康保険であるが、これをもとに考えたい。

 毎月、額面で33万3333円を受け取る社員の場合は、会社が健康保険料3万2232円の支払額のうち、1万6116円分を負担している。また、失業した際に失業給付を受けることができるのが雇用保険であり、これは会社が5167円の支払額のうち、3167円分を負担している。

 聞き慣れないのが「児童手当拠出金」ではないだろうか。これは、会社が全額負担する。社員が児童を養育していようといなかろうと、支払うことになっている。

 会社の支払額の1カ月の合計は9万3438円となり、これに社員に支払う毎月の給与の手取り額(給与の額面から、社会保険料などの社員自己負担分を差し引いたもの)を足すと37万3596円。この数字が、1カ月の会社の支払合計となる。これに12カ月分をかけると448万円ほど。これが、会社が1年間で1人の社員にかけている費用である。このほかにも通勤手当、食事代の補助を出す会社も多い。

“給料泥棒”という言葉自体が情緒的

 社会保険労務士の杉山さんは、これにさらに退職金の額が月に1〜2万円は上乗せされることがあると指摘する。中小企業でも退職金の制度を設けているケースはある。その場合は会社が通常、積み立てていくが、全額負担することになる。

 私が冒頭で紹介した上司と部下とのやりとりで、「会社は、君の給与の倍近くを支払っている」という言葉について尋ねてみた。

 杉山さんはこう答える。「通常、会社の負担は、社員に支払う額面の1.25〜1.30倍になる。例えば、額面で30万円支払うならば、普通は34〜35万円ほど。“倍近く”は、常識的には考えられない。おそらくオフィスの賃貸料や電気代を始めとした、光熱費などさまざまな経費を上乗せした額のことではないか」

 多くの経営者や役員、管理職などが人件費を詳細に把握できていないケースが目立つという。「中小企業の経営者と接すると、確かに“給料泥棒”という言葉を発することがある。人件費の中身を漠然としてしか理解していないのに、そのようなことを口にするから、部下との間で感情論の応酬になる。この言葉自体が情緒的であり、もっと実態をおさえた上で話し合いをする必要がある」

 杉山さんは少なくとも、部下には次のようなことは説明すべきと語る。

 「毎月の売り上げはこのくらいあり、社員の人件費の総額がこのような数字になる。そしてあなたには毎月この額を支払い、実際、手取りはこの額になる……。せめてこのくらいのことは教えることが大切。経営者や管理職らには、こういう言葉やそれを裏付ける戦略性が欲しい」

 確かに日本の企業は、大企業から中小企業まで何かとあいまいなものが目立つ。人件費の扱いに限らず、採用のあり方、入社後の配置転換や人事評価、リストラで辞めさせる社員の選定などもそのルールや基準があいまいである。“給料泥棒”という言葉もこのような中で使われているように私には思える。

 さて問いたい。あなたは、上司からこう言われたらどのような言葉を返すか。

 「給料分も働いていない。恥じらいもなく、毎月、給料をよくもらえるよな」

 「会社は、君の給与の倍近くを支払っている」

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