新たな歴史が始まった“特別な日”――iPhone 6/6 PlusとApple Watchから見えた未来:神尾寿のMobile+Views(3/3 ページ)
世界中の主要なジャーナリストや、各国キャリア首脳などのVIPを、Apple本社のあるカリフォルニア・クパチーノに集めて行われた2014年のプレスイベント。そんな中で発表された「iPhone 6」と「iPhone 6 Plus」、そして「Apple Watch」から見えたものとは――。
Apple Watchで、新しいユーザー体験が生まれる
One more thing....
iPhone 6とiPhone 6 Plusの説明が終わり、Apple Payの紹介が終わり、ティム・クック氏が壇上に戻る。そして、スクリーンに、ついにその言葉が現れた。スティーブ・ジョブズ氏によって伝説となったフレーズ、「One more thing....」である。
一瞬の沈黙、そして歓声と拍手。会場内が総立ちになり、その興奮はまるで永遠に続くかに思われた。スティーブ・ジョブズ氏が逝去し、ティム・クック体制になってから「One more thing」は一度として使われなかった。その言葉は歴史に刻まれて、もはや耳にすることはないのではないか。多くの人々が、そう感じ始めた中でのOne more thing....だったのである。会場内の歓声に手を振って応えるティム・クック氏の笑顔は、まさに感無量といったところだった。
そして、One more thing....の後にスクリーンに映像が現れる。金属加工の粋を極めたような数々のパーツ。次第にそれは時計の形を取っていく。そして、ただひとこと。「Apple Watch」と。
そしてスクリーン上に、マウスやiPod、iPhoneなど、かつて世界に革新を起こした数々の製品が映し出された。
「Appleは新しい製品やカテゴリーを作る時に、新しいユーザーインターフェイスを作ってきた。Macではマウスを使ったシンプルな操作体系を作り、iPodではクリックホイール、そしてiPhoneではマルチタッチスクリーン。今回のApple Watchでは小さなスクリーンサイズにあわせて、デジタルクラウンという新しい操作機構を発明した」(クック氏)
デジタルクラウンは時計の世界では古くから使われている竜頭を、最新のテクノロジーとAppleの優れたUIデザイン力で再定義したものだ。精巧な金属加工で生み出されたこのデジタルの竜頭には光学センサーデバイスが内蔵されており、その回転の動きをリニアにソフトウェアに伝えていくという。
Apple WatchはOSも新たに作られ、デジタルクラウンとタッチスクリーンを組み合わせる形で新たなUIデザインが作られた。トップ画面のデザインからApple Watch用のアプリ、メッセージの表示のされ方なども、吟味に吟味が重ねられて作られているという。
そしてApple Watchの中身を見れば、それを構成するコアチップやデバイスなどもほとんどがApple謹製で新たに作られたものだ。Apple WatchのUIを司るTAPTIC ENGINE、1チップに超高密度に集積されたS1プロセッサーなどは、AppleがiPhoneやiPad用のメインプロセッサ作りまで内製化したノウハウが生きている。Apple Watchの中にはNFCモジュールなども入っており、その実装密度はかなり高い。そしてApple Watchの背面側を見れば、心拍数や脈拍数を図るためのセンサーやMagSafeで培われた技術を用いたマグネット式充電機能などが備わっている。
iPhoneとApple Watchとの連携は、BluetoothとWi-Fiが用いられており、OS側で状況に応じて通信方式を選択する仕組みだ。バッテリー消費量を抑えつつ、ユーザーが通信速度で不満を持たないように配慮している。
「もちろん、最もこだわったのはデザインだ。Apple Watchは優れたデザインのウォッチフェイスを多数用意するほか、リストバンドを交換可能にし、さまざまなデザインへのニーズに応えられるものになっている。そして本体のバリエーションも複数用意した」(クック氏)
Apple Watchは大きく3のラインに分かれており、ステンレス合金製で標準的な「Apple Watch」、アルミニウム素材でカジュアルでスポーティーな演出の「Apple Watch SPORT」、18金素材を用いた高級路線の「Apple Watch EDITION」である。
それぞれのラインに大小のサイズ違いと、カラーリングの違いがあり、表面加工処理もそれぞれ違う。そこに複数の異なるデザインのバンドが装着できる。複数のデザインラインを用意し、そこにカスタムオプションでバリエーションを持たせるというのは、自動車業界でもBMWやメルセデスベンツなどがここ最近、採用している手法である。いわば、プロダクトデザイン業界でのトレンドでもある。
現時点ではリストバンドの仕様がサードパーティーに解放されるかは不分明だが、もしそうなれば、ファッション業界をはじめ著名ブランドに高く評価されているAppleのこと。さまざまなブランドから、Apple Watch用のリストバンドが登場することになるだろう。iPhoneのケースと同様に、Appleのブランド価値が高いことが、ブランドコラボという相乗効果を生み出す可能性は高い。
そして、Apple Watchの革新的なデザインは、“中身”であるUIデザインにまで徹底されている。美しいRetinaディスプレイに映し出されるアイコンのひとつひとつ、メッセージの文字、そしてデジタルクラウンとタッチスクリーンを組み合わせた操作体系のひとつひとつまで綿密にデザインが行き届いており、見ているだけでうっとりとする。
新しい機能とデザインがしっかりと結びつき、新しいユーザー体験と世界観を作る。これはiPodやiPhone、iPadで編み出した手法であるが、Apple Watchでもそれがきちんと実現している。
Apple Watchの可能性を無限大に引きだす「Watch Kit」
そして、Apple Watch最大の強みにして、魅力になりそうなのが、Apple Watch用のアプリプラットフォーム「Watch Kit」の存在だ。高品質で優れたサードパーティー製アプリを作りやすい環境を用意する、というのはiPhone以来のAppleの常とう手段であるが、Apple Watchでも同様に専用アプリの開発環境が用意されている。iOSの標準機能でもサードパーティー製アプリの各種通知をApple Watchに出すことが可能だが、専用アプリを作ることで、Apple Watchの特性を生かしたアプリやサービスを作ることが可能だ。
今回のデモンストレーションでは、BMWのテレマティクスサービス「BMWコネクテッド・ドライブ」用のApple WatchアプリやiOS 8のHome Kitと連携した家電連携アプリ、さらにspgグループのホテルではApple Watchを部屋の鍵にするソリューションなども開発されていることなどが紹介された。
優れたアプリ開発環境とエコシステムが、スマートデバイスの価値を無限大に引き出すということは、AppleがiPhoneやiPadで実証してきたとおりである。AppleはApple WatchにおいてもOSとハードウェアの両面からアプリ開発の支援体制を構築しており、その充実ぶりとアプリビジネスとしての可能性の大きさは、ほかのウェアラブルデバイスやスマートウォッチとは比較にならない。このあたりの仕組みを最初からしっかりと作っていることが、サムスン電子やソニーなどほかのウェアラブルデバイスメーカーにはない、Appleならではの優位性といえるだろう。
フリントセンターは再び「歴史の舞台」となった
iPhone 6とiPhone 6 Plus、そしてApple Watch。
今回、Appleが発表した製品はすべて革新的なものであり、とても魅力的で潜在力を感じるものばかりだ。特にApple Watchは、iPhone、iPadに続く、ポストPC時代の新カテゴリー製品である。Apple Watchによって生み出される新たなユーザー体験やアプリやサービスが魅力的なことはもちろん、その優れたデザインはファッション業界にも大きな影響を及ぼし、人々のライフスタイルや社会のありようまで変えていく力があるだろう。
今回のプレスイベントが異例続きだったのも、今となっては納得がいく。Mac、iPod、iPhone、iPad。それらの発表日がそうであったように、2014年9月9日は、未来から振り返ったとき、「新たな歴史が始まった特別な日」と評されることになるのだ。
フリントセンターは再び、歴史の舞台になったのである。
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