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「みんながちょっとずつ頭がよくなる世界」──「百式」を運営するビジネスマンITは、いま──個人論

» 2004年08月13日 02時07分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 朝6時。1時間のネットサーフィンから、田口元さん(33)の1日が始まる。海外のサイトを巡って面白いネットビジネスを探し、URLを保存する。彼が運営するWebサイト「百式」のネタ集めだ。1時間で10−20は見つかるという。

 英語圏のドットコムビジネスを、十数行の文章とともに、毎日一つずつ紹介する百式。非営利の個人サイトながら、1カ月のページビューは20万以上。メールマガジンは12万人に読まれている。「体力測定みたいなもの。ネット上で、個人がどこまでできるか試してみたくて」更新を続ける。

 きっかけは4年半前、外資系コンサルティング会社に勤めていたころ。話のネタがないビジネスマンが多いと感じ、彼らのための“ネタ帳”として、海外のドットコムビジネスを紹介することにした。Webサイトにすれば、日本中のビジネスマンにリーチできると思った。反響は予想を超えた。人生を変えた。

 百式の名前を出せば、ネット業界の人ならたいがい会ってくれるようになった。会社を辞めた今、名刺に印刷されているのは「百式」の大きな文字。“百式の作者”として、コンサルティングやライターの仕事を受ける。百式のコンテンツをまとめた本も2冊出版した。月1回、数十人の読者を集めてイベントもこなす。

 「友人は、『お前は自分が思ってるほど知られてないぞ』って言うけど」、ネット界では有名人だ。

 2000年1月のスタート以来、365日、休みなく更新してきた。「『毎日すごいね』って、会う人会う人に言われるから」、休めない。それに、「楽しい。やらされてる感がないから」続けられる。毎日無理なく更新できるよう、作業も最小限になる工夫をしてある。

 文章は、自分なりの起承転結のパターンを編み出し、30分もかからず書き上げられるようになった。テキストを入力すれば、Webサイト用とメールマガジン用のフォーマットが吐き出されるXMLベースのシステムを構築し、更新も一発。得意のプログラミングを生かした。

 プログラミングを始めたのは中学生の頃だった。「神様になれる」と、夢中になった。

気づいたら、ITはそばにあった

 中学時代、SEだった父親にもらった富士通の「FM7」が、出会いだった。「ゲームを買うお金がなかったから」、PC雑誌を買っては、ゲームのプログラムを写した。ファミコンには見向きもしなかった。自分で作ったものが思い通りに動くことが、とにかく楽しかった。

 ボート部の活動と受験勉強に明け暮れた高校時代、ITとは無縁だった。偏差値と受験科目と知名度を天秤にかけ、国立大学の商学部を受験して、受かった。

 大学で思いがけず、プログラミングに再会した。体操部の先輩が紹介してくれた、システム会社のアルバイト。社内向けにIT教材を作る部署だった。毎日、プログラミングの本を読んでいるだけで、お金がもらえた。楽しかった。気づいたら、社員が質問に来るほど詳しくなっていた。

 スキーツアーのクーポン発券システムの構築バイトもした。無給だったが、タダでスキーに行けた。年10回もスキーに行った。プログラミングの腕も上がった。

 ただ、ここまでは流される人生だった。銀行にでも就職して親に仕送りできたらそれでいいと思っていた。そんな考えは、3年生で取った「国際マーケティング戦略」のゼミで一変した。

 ゼミの教授が企業のトップと親密で、学生に企業向け企画を考えさせ、社長にプレゼンする機会を設けてくれた。学生は日本人と留学生が半々。日本語のおぼつかない留学生とコミュニケーションしながら、ギリギリのスケジュールでプレゼン資料を仕上げた。ビジネスに強い興味を持つようになった。

 4年生から1年間、交換留学したU.C.バークレーのビジネススクール。ここでインターネットと出合った。定額制ダイアルアップ接続でつなぎっぱなしにしてネットサーフィンを楽しみ、フリーウェアを片っ端からダウンロードした。ITの総本山で、コンピューターサイエンスや機械工学の授業をいくつも取った。ITへの興味は膨れ上がり、尽きることがなかった。

 就職は、システム関連のコンサルティング会社を選んだ。理由は「体力測定のため」。できるだけ多くのライバルの中で、自分のITの力、ビジネスの力を試したかった。SCM関連のコンサルタントを、3年続けた。「すごい奴はたくさんいたよ。成績はいい方だったけど」。

 自分の位置は分かった。もっと頭がよくなりたいと思った。そんな時、大学時代の恩師から、「大学院の仕事を手伝わないか」と誘われた。大学で、頭のいい人に囲まれて仕事をするのも悪くない、そう思った。

 百式が軌道に乗り始めたのもこのころ。「百式と、行ける所まで行ってみよう」。会社を辞めた。

 今は、週1回程の大学院でのシステム構築と、フリーのコンサルティングで生計を立てる。年収は半分に落ちたが、「お金で時間を買った」。

 「毎日楽しいよ。やりたいことは、いっぱいある」。最近は、携帯電話向けコンテンツサービス「東京ブック」と、プログラミングに夢中だ。

 東京ブックは、昨年末にスタート。ビジネス書の中の気になる一言を行動に移すプランを配信する。「携帯という新しいメディアで、何がどこまでできるのか、経験として知りたい」。

 プログラミングも楽しくて仕方がない。「今までにないスキームのものを作りたくて、久しぶりにプログラミングに集中してる。分からないことがあれば、大学生にだって頭下げて聞いちゃう」。そう言って、眼を輝かせる。

――あなたにとって、ITとは?

 「ITって、すごいね」と、まず一言。

 少し考えて、言う。「シナプスの間の電流。インタラクションが上がれば上がる程、頭が良くなるもの。究極のインターネットは、みんながちょっとずつ頭がよくなる世界になるってことだと思う」。

 「アリの群知性のようなもの。アリはエサを取りに行くとき、足跡に匂いを残す。エサを見付けて同じ道を戻ってくれば、匂いが2倍になる。その道をたどることで、巣とエサが最短距離で結ばれる。つまり、一つ一つとしては単純なプログラムが、全体としてはすごい力を発揮する。ITも、そういうものだと思う」。

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