ITmedia NEWS > 社会とIT >

「トラックバックもニュースの一部」――産経「iza!」

» 2006年06月26日 14時42分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 新聞のニーズが低下し、新聞社サイトのアクセスが伸び悩む中、各新聞社はネット時代のあり方を問い、模索し続けている。

 産経新聞社のネット子会社・産経デジタルが開設した新サイト「iza!」β版は、新聞社が出した1つの答えだ。全記事でトラックバックを受け付け、記者自身もブログを公開。“新聞の発想”から一歩踏み出し、報道への異論・反論も含めて受け入れる、懐の深いサイトを目指す。

画像 iza!

 産経新聞の発行部数はここ2年は増えているというが、新聞市場全体は縮小傾向。「新聞というパッケージが、世の中の求めるものと合わなくなってきたのでは」――同社取締役の近藤哲司さんは率直に語る。

 産経新聞社もネット時代に対応しようと、各媒体のWebサイトを立ち上げ、ニュースを公開しているほか、紙面をそのままのレイアウトで見られる有料サービスを公開(関連記事参照)するなど、さまざまな策を打ってきた。ただこれまでの取り組みは紙の新聞ありきで、新聞用のコンテンツの2次利用に過ぎなかったという。

 iza!は、ニュースコンテンツこそ「産経新聞」「フジサンケイビジネスアイ」「サンケイスポーツ」といった自社媒体から買い取って掲載するが、見せ方や切り取り方を変えることで、紙の新聞とは異なる新しい媒体に育てる。

トラックバックもニュースの一部

 「新聞の枠を取っ払ったサイト」――同社ポータル準備室室長の土井達士さんはiza!をこう表現する。

 1日約600本にのぼる記事を、テーマごとに分類・掲載する。社会面の記事から事件物だけを切り出した「事件です」をトップに持ってくるなど、新聞の面構成とは異なる「ユーザー視点」(土井さん)を意識した。記事の並べ方は「ブログで話題になりやすいものを大きく取り上げる」(同社コンテンツ部の福本義彦さん)という。

画像 トラックバックへのリンクは記事の直下に表示する

 全記事でトラックバックを受け付けたのは、大手新聞社サイトとしては初。「一方的にニュースを流すのではなく、ニュースをネタにして意見を戦わせてもらえる、広がりのある空間にしたい」(近藤さん)という狙いだ。記事の掲載期間は半年間。多くの大手新聞社の倍の長さという。

 トラックバックもニュースの一部という位置づけで、エントリは記事の直下に表示される。記事に対する率直な意見や感想が多く、中には記事への批判や産経新聞の論調への批判意見もあるが、多様な意見を歓迎するという。

 「新聞とは逆の思想や発想があるのは当たり前。新聞が異なる意見に耳を貸さない、というのは言論の自由に反している」(土井さん)

記者ブログは産経の論調と異なってもOK

 62人の現役記者による「記者ブログ」も開設した。社のオピニオンに沿って一定の文体で編集する紙面とは異なり、記者のブログは、記者個人の意見や個性的な文章を受け入れられる場にする。

 内容は、普段の生活や趣味についての日記的なものから、紙面に載せ切れなかった取材結果などさまざま。歯に衣着せぬ激しい主張を展開する記者もいる。記者の倫理綱領に従っていれば、“何を書いてはダメ”というルールはないという。

 「記者はもともと書きたがり、言いたがり。紙の紙面よりももっと広い場所を提供し、記者の可能性を広げたい」(近藤さん)

 読者向けにも、会員登録すれば無料で利用できるブログスペースを提供。約700のブログが開設されているといい、人気のブログを新聞紙面で紹介する企画も検討中だ。

 「ブログを読んでいると、一般ユーザーの力はすごいと改めて感じる。こういう人たちと一緒に、新しいものを作っていきたい」(近藤さん)

 会員が意味を追加できる用語辞典も整備した。記事中で下線を引いてある用語をクリックすれば、その解説を読め、知識を深められる。

ネット化の流れ、止められないなら乗るしかない

 iza!を運営する産経デジタルは、産経新聞社のデジタル部門がスピンアウトして設立した新会社。紙の新聞とは別会社として動くことで、新たなチャレンジがしやすいという。

 「ネット化の流れは、押しとどめられるものではないし、金脈はネットにあるとみんな思っている」(近藤さん)が、紙の新聞の売り上げを優先するあまり、思い切ったネット展開ができない新聞社も多い。「当社は、ネットに半歩ではなく、大きく一歩踏み出すという経営判断をした」(近藤さん)

 iza!への投資額は「3年間で2ケタ億」(近藤さん)という。収益は広告から得る予定だが、「さまざまなビジネスモデルを開発中」(近藤)としている。まずはコンテンツの魅力を高めてユーザーを増やすのが課題だ。

ブログ時代の“プロ記者”の意義

 ブログが普及し、誰もが手軽に情報発信できるようになると、新聞などプロによる有料報道のニーズが薄れていくという指摘もある。「名刺に『記者』と書いてあるだけでは通用しない時代。質が高い情報を供給できないと生き残れない」――土井さんは気を引き締める。

 その一方で、歴史ある報道機関としての自負もある。「報道はNPOでしか残れないと言う人もいるが、報道の価値は新聞社自身がよく知っている。新聞社には『将来にわたって言論の中核的な位置を占めていく』という意思も決意もある」(近藤さん)

 iza!は、紙からネットへ、という時代の流れと一緒に走りながら、ブログ時代の報道の形とビジネスモデルを模索していく。

画像 左から、システム開発を担当したチームラボの猪子寿之社長、近藤さん、土井さん、福本さん

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.