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» 2009年09月02日 20時06分 公開

「僕にとってゲームは悪」だが……富野由悠季氏、ゲーム開発者を鼓舞(5/6 ページ)

[小笠原由依,ITmedia]

死んだらつまんないよ

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 だけど、こういう風に考えました。せっかく五体満足で生んでくれた親がいて、僕の場合、大きな病気もせずとりあえずこの年まで来ました。死んでくまでどれくらいの時間があるかは分からないし、たかが知れている。

 それで、こういうことを考えたんです。生きているうちは元気でいたい、そして次の世代の人に迷惑をかけないよう死んでいきたいと。

 10年ほど前、体が不調だった時に、2年くらいの間に3度気絶したことがあるんです。気絶したときの記憶は今でも残ってます。気絶するってのは、意識がなくなること。当然、体はきっと倒れていたのでしょう。

 死ぬのが怖いのは当たり前。でも、何も感じられないのは気持ちいいですよ。意識感覚がない。むしろ、体の具合が悪くてとか、トイレが近いとかをずっと意識しながら生きるより、何も考えずいられる死は、決して悪いことじゃない。と思ったこともあった。

 でも、つらいと感じることも、生かされている証明なんです。とてもいいことなんです。「俺は運がない。こんなとこで富野の話を聞いているなんて、嫌だよねー」と思うかもしれない。それを、嫌だよねーと本当に思ってほしい。生きているから思えるんですよ。死んだら思えない。だから逆の言い方します。死んだらつまんないよ。生きている間だけ。がっかりした感じも、せつない気持ちもつらい気持ちも生きているから感じる。

 起きて食事をしてトイレにいって、また寝て、当然仕事して、ゲームして、新しいゲームの発見もして、できることなら金持ちに、良い暮らしをしたい。そういう欲も含めて生きている。だから、欲を持つことは悪いことじゃない。それも大事にしてください。それをいい形で獲得できればいいじゃないですか。

 いい形で獲得するためにどうするかを考えた時、やはり原理原則に立ち戻って考えることが大事。習い性でものを考えると、きっと失敗に陥るだろうということです。

「一度つかんだ夢をもう一度」はない

 一番分かりやすい例は、少年漫画誌の週刊少年ジャンプ。ジャンプが最高の出版部数を獲得したのは、「スラムダンク」を連載していたころ、1994年だそうです。それ以降は、部数がダーンと落ち込んで。そうはいっても、3、4年後に「ONE PIECE」と「NARUTO」の連載が始まったことで部数を少し持ち直した。

 ここで問題なのは、持ち直したけれど、最高値だった600〜700万部という数値には絶対に戻れないということ。ところが、さっきから言っているあまり判断力をもっていない人間は、習い性に陥って、「夢をもう一度」をしょっちゅうやるわけです。でもそんなの絶対にないんだよ、ジャンプのケースで明確に言えるんです。

 すでに、5〜6年時間が経っちゃっているし、出版そのものが落ち込んでいるときにそれはできないだろう、と。

 一度隆盛期を迎えた日本の映画界がそれ以降こっきりで、テレビにやられっぱなしなのと同じ。ハリウッドもそう。常に変遷していくものなんです。瞬間芸でものを考えるのはよくない。習い性を突破するためにはどうすればいいかを考えるのは大切なことです。

 そう考えると、ベンチャーで、新たに何かを開発していく行為は絶えず、我々がやらなくてはならないこと。10年後、20年後、30年後のハードの進化と同時に我々の生活スタイルも変わっていくだろうし、それに対応するゲームのスタイルがあると思う。それを考ええることが諸君の職能、目指すべきもの。それは、僕の様な立場では絶対に考えられない。アマチュアだから。

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