ITmedia NEWS >

情熱と客観の両立【後編】ITコンサルの四方山談義

» 2010年11月16日 08時00分 公開
[辻井康孝(ザイ・コーポレーション),ITmedia]

 皆さんこんにちは。IT・情報戦略コンサルタントの辻井康孝です。連続して取り上げてきたテーマ「情熱と客観性のバランス」について、今回が最終回となります。

 第1回の記事では、ビジネスの現場において「情熱」が勝ち過ぎているとどういうことになるかを考えてみました。そして第2回の記事では、「客観性」が過ぎてしまうと、どんな問題が発生するかを考察しました。

 結局のところ、情熱と客観性をバランス良く持つことが、優秀なビジネスマンの条件になるわけですが、今回の記事では、僕がかつて見聞きしてきたなかで、この両方の資質を兼ね備えていた人について、書いてみたいと思います。いわば実例をもとにしたケーススタディですね。

 僕が今、コンサルタントとして携わっている取引先の中で、かつて偉大なリーダーに率いられていた組織があります。

 そのリーダーは、業界では誰一人知らない人はいないようなカリスマで、その業界全体の発展に大きく寄与したという、偉人とも言える人でした。しかし残念ながら、何年も前にお亡くなりになりました。その組織は現在、そのリーダーによって育てられ、遺訓を受けた人々によって構成され、運営されています。

 そのリーダーは、大変に情熱的な人でした。崇高な理想と理念を掲げ、いわば「職人」の集団ともいえる数百人の組織を見事にまとめ、絶対的な権威によって統率していました。

 職人たちがリーダーを信奉していたその根底には、人間としてのそのリーダーの温かさ、そして理想に向けてひた走る情熱があったのではないかと思います。そして職人たちは、リーダーとともに同じ夢を見て、突っ走っていたのでしょう。古くからそのリーダーに仕えてきた人々が、思い出深く語るのは、いずれも人間としての温かさをしのばせる逸話です。

 つまり、職人たちの多くは、リーダーの「アツさ」に対するシンパシーを強く持っており、主に情緒的な面を見ていた傾向があるように思います。

 ところがそのリーダーは、情熱と同時に、やはり冷静で客観的な目を持っていました。だからこそ、組織は驚異的な発展をとげたのです。

 現在、組織のトップは、リーダーの息子さんが務めていますが、トップの部屋は、かつてのリーダーが生きていた頃のまま、保たれています。壁面を埋め尽くす書架の蔵書も、そのままです。

 僕はコンサルタントとして組織の顧問となっていたので、たびたびその部屋を訪れていますが、蔵書の中で、真っ先に目についた物がありました。それは……「作戦要務令」。大日本帝国陸軍が定めた、将校に対する、いわゆる“教科書”です。

 日本の戦略・戦術書は、古くは中国の「孫子」に始まり、後にナポレオンと数々の戦いを演じたプロイセンの軍人であるクラウゼウィッツの「戦争論」で体系的な流れを得ました。それが日清・日露戦争、第一次世界大戦を経て、そこで得た教訓を生かしながら、徐々にカタチを整えていったのです。

 その成果が、参謀のための指導書である「統帥綱領」であり、「師団以下の指揮」のための指南書である「作戦要務令」です。ここには、冷静で客観的でな「戦い方」のノウハウが収録されています。

 孫子などは、まず「戦うべきか戦わざるべきか」というところから入っている大局的な戦略書であるのに対して、作戦要務令は「戦うことを前提とした」モノなので、大変に具体的でリアリティーのある物、ということが特徴となっています。

 その性質ゆえに、記されたノウハウは企業経営に役立つことが多く、現代でも多くの経営者が愛読しています。かくいう僕も、自社の経営のために、昔から目を通してきました。

 リーダーの部屋で作戦要務令を見つけた時、僕はそれが亡くなったリーダーの物だということを知りませんでした。その組織にいる僕の仲間から、リーダーのものであることを聞かされ、本を手に取ってページをめくった時、僕は思わずうなってしまいました。

 そこには赤鉛筆で多くのラインが引かれ、亡くなったリーダーの肉筆で、数々の書き込みがなされていたのです。いずれも、作戦要務令に書かれていることを組織の運営に応用するにはどうすべきかについて、記された書き込みでした。

 書き込みは実に緻密かつ具体的で、そして徹底的に客観的かつ合理的であり、冷静な思考で考え抜かれたモノであることは一目瞭然でした。その時僕は、リーダーの奥深さに改めて感銘を受けたのです。

 現在、組織で頑張っているリーダー子飼いの人々は、リーダーの客観的な部分はあまり見ていなかったかもしれません。情熱的で圧倒的なリーダーシップ、そして何より人間としての温かさに、傾倒していたのではないかと思います。けれどもその背景には、こういう絶対的な客観性に基づいた分析があったのです。

 後で聞いた話ですが、リーダーは従軍経験があり、主に兵站を担当していたそうです。兵站とは、前線で戦う兵士のために食料や物資などを補給する、後方支援部隊です。つまりその任務には、いつ、どこに、どれくらいの物資を、どのように配分・補給すべきか、という正確な計算や、客観的な状勢分析が不可欠なのです。僕は「さもありなん」と思いました。

 長くなりましたが、あらゆるビジネスマンには、情熱と客観性の、絶妙なバランスが必要です。アツくなり過ぎてもダメ、冷静に徹し過ぎてもダメ、です。気持ちが前に出過ぎている人は、ちょっとクールダウンして下さい。逆に、主体的に仕事に携わっていない人は、もっと情熱を持って人ごとではなく「自分ごと」として、仕事に取り組んで下さい。

 ビジネスを成功させるためには、情熱をモチベーションに変えてアツい気持ちを持ちながら、常に状況を客観的に把握して、その場で最適な決断を下し、迅速に実行する。そんな、計算を忘れないクールなアタマが、ともに必要なのです。どちらかに偏っているという心当たりのある方は、この機会に仕事への取り組み方を、もう一度、見直してみてはいかがでしょうか。


当記事はブログ「ITコンサルの四方山談義」から一部編集の上、転載したものです。エントリーはこちら

筆者:辻井康孝

IT・情報戦略コンサルタント、ザイ・コーポレーション代表取締役。音楽業界、広告業界を経て2000年より現職。マルチメディア草創期よりITビジネスに携わり、上場企業を始めとする多くの企業で顧問・監査役等を歴任。情報戦略立案、Webマーケティングなど、主に企業経営者向けにコンサルティングを実施。


関連キーワード

ビジネスパーソン | 経営者


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.