「電子書籍はデリケートな時期。継続的に成り立つ仕組みを考えるべき」――12月10日に「GALAPAGOS」向け電子書籍を出版する、芥川賞作家の平野啓一郎さん(35)は言う。
出版不況と電子書籍化の進展で出版社は不要になるという議論もあるが、平野さんは「作家にとって出版社や編集者は重要」とし、拙速な「出版社不要論」にクギを刺す。
電子書籍として発売するのは、自身初の恋愛小説「かたちだけの愛」(中央公論新社刊)。電子書籍版は1470円、紙版は1785円と、電子書籍としては高めの設定だが、文芸の未来を考え、あえて「現実的」な価格にしたという。
平野さんは、電子書籍に懐疑的な見方が強かったころから普及を予見。2006年に出版された梅田望夫さんとの対談「ウェブ人間論」(新潮新書)でも、普及の可能性を前向きに語っていた。
音楽好きの平野さんは、書籍も音楽と同じ道をたどるのではと、当時から考えていたという。「音楽はレコードからCD、ダウンロードという流れがあまりに自然だったので、電子書籍もそうなるだろうと思っていた。どれぐらいのテンポかは予測は付かないものの、いずれは電子書籍の時代が来ると」
平野さんは「中学生になって音楽を聴き始めたころCDが普及し始めた」というCD世代だ。「ビートルズやレッドツェッペリンも、BOφWYの新譜と並び、初CD化した“新譜”として売られていた」時代で、同世代には60〜70年代のロックファンも多いという。
電子書籍でも同様に、今の読者が「古い作品に新鮮なものとして触れることもあるのではないか」と期待。「電子書籍は紙の厚みがなく、どこまで読んだか分かりにくい」「ディスプレイが見づらい」といった声もあるが、「感じ取り方は変わっていくだろう」とみる。
「CDが普及し始めたころ、レコードの方が音質が良いなどと言われていたが、みんなだんだん気にしなくなった。同様に、電子書籍も目が疲れるとか、紙の手触りが――などと言われるが、自分でiPadやKindleを触ってみて、これはこれで慣れていくのではという気がしている」
GALAPAGOSで表示した「かたちだけの愛」は、「紙の書籍とそん色ない仕上がり」と感じている。「傍点の形が少し違ったり、細かく見ると紙との違いはいくつかあるが、電子化するのにあたって作家として困ったことは特になかった」
このタイミングで紙・電子同時発売に踏み切ったのは、「世の中で起きていることを自然に受け入れた」結果だ。新刊を出すタイミングでちょうど発売されるGALAPAGOSでまず配信。今後はiPadなどほかの端末向けにも配信を計画している。
電子書籍端末は登場したばかりで、普及はこれからだ。「電子版の読者は紙に比べて圧倒的に少ないだろう」と冷静に見ながらも、電子版を出すことによる広告効果は期待しているという。
紙の書籍は1785円、電子版は1470円。電子版は高めの設定に見えるが、紙の本も出すことを前提にコストを考慮すると、「紙の本の8割ぐらいの価格が現実的な値段」と平野さんは言う。
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