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成功の再配分──出版社が果たしてきた役割と隣接権、電子書籍連載・部屋とディスプレイとわたし(2/4 ページ)

» 2012年06月06日 14時00分 公開
[堀田純司,ITmedia]

本来は“善意”だが……

 どこまで意識的なのか無意識なのかはわかりませんが、私は出版社が電子書籍市場を開拓するにあたって新たな権利を欲するようになったのは「このバランスの逆転を回復したい」という意思が働いているのだと感じます。

 要するに、デジタルコンテンツの分野では現状、出版社のネットワークの販売力はまだ高くない。であるならば、売れっ子の個人はデジタルコンテンツの販売を自分で手がけたり、外資系やIT系などが提供する他のサービスを利用したりしたほうが利益が大きいケースがありえる。しかし少なくとも自社が編集サービスを提供して成立した作品については、そうした流出は避けたい。

 制度化することの是非はともかく「こうした電子における個人と法人のバランスを隣接権という制度で調整したい」という気持ちが潜在的にあるのでしょう。

 ただ、このように書くと「大出版社の横暴」などというニュアンスが出てしまうかもしれません。ですが実は必ずしもそうとは限りません。

 本来、著者と出版社は目標と利益を共有できるはずです。現状の商業出版において、電子書籍はなかなか厳しい状況です。そうした中、知名度のある個人が各個に戦うという、戦国時代みたいなカオスに陥ってしまうのであれば、出版社に権利を集約して力を合わせる。それで新規市場を開拓したほうがいいとも言えます。本当に実現できるのであれば、その方が、著者にとっても出版社にとってもよい未来を迎えることができるでしょう。現在の著作隣接権の論議は、本来はこうした“善意”にもとづいているはずと感じます。

 ただ問題は、「出版の世界は多様であり、法人へのリソースの集中は思わぬ弊害を呼ぶのではないか」という危惧があるところ。「そんなつもりじゃなかった」という用途に、隣接権は使われるかもしれないというリスクは、私なども感じます。

 また、ちょっと失敬な疑問も抱きます。失礼ながら「それでほんまに新規市場を開拓できますやろか?」という疑問。

 出版社と書店の関係を電子の世界で再現し、紙の書籍を電子化するだけで、新規の市場は生まれるのでしょうか。本当のところはまったく新しいエコシステムのイノベーションが待望されるのかもしれません。

 実際、デジタルコンテンツの世界では近年、「有料メールマガジン」という形で、新たなビジネスモデルが台頭しています。これはメディア力の高い個人であれば、むしろ読者と直接結びつくほうがいいという方法論。しかも、こうしたモデルの最先端では、もはや紙の書籍がユーザーの信頼を確保するツールとしてすらも使われていないように見えます。

 私の本も出版社から電子書籍化していただいたことがある以上、こんなことを言うとモロにブーメランであることにハッと気がつき慄きますが、現状のやり方をそのまま持ち込むことでうまく行くのかどうか、不安も感じます。

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