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成功の再配分──出版社が果たしてきた役割と隣接権、電子書籍連載・部屋とディスプレイとわたし(4/4 ページ)

» 2012年06月06日 14時00分 公開
[堀田純司,ITmedia]
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販売力が個人に傾きつつある時代に

 私はこの原稿で何度か「無意識か意識しているかはわからない」と書きました。物事は、後から聞かれるとみんな流暢に言語化して答えてくれます。しかしたいがいの場合、渦中にいるときは、本当のところ案外非言語的な領域でこなしながらやってがちなものだからなのですが、私は、この「電子では再配分の機能は失われる」というトピックについては、きっと結構な人が気がついていると思います。

 そして恐らくは「本当のことをいうと、すでに紙の領域でも、成功の再配分機能は弱くなりつつある」ことも意識されているでしょう。

 しかしもはや法人の力も弱くなっていて「すまん。もう今までのように面倒は見られない。オレたちはオレたちの生き残りを考えるから、各自は各自の生き残りをはかってくれ!」と考えているのだろうと思います。

 もちろん著者側も、ただ出版社にぶらさがっているだけでは活動が難しくなっていることは肌で感じています。

 先日、初版部数で私100人分くらいの市場規模を持つビッグな作家と話したのですが「出版社の、現状のシステムを維持するために要求される仕事量を新人作家がこなしたら、その人は倒れてしまうだろう」と指摘していました。新人ほど、ただ紙の出版社だけを向いていては危ないというご意見でしたが、確かにその通りかもと思います。私ごときもまた、たとえ厳しくとも電子書籍の先行きや、デジタル分野の新たなサービスの台頭には、敏感でありたいと思っています。

 話は変わりつつ少し戻りますが、少し前に影響力の強い個人を通じた、広告であることを隠した広告、「ステルス・マーケティング」の横行(?)が注目を集めました。こうした手法の台頭は、よく言われる通り「現代ではもはやテレビや新聞広告のような無人格の法人が流す宣伝は、効果が薄い。人は自分の信頼する個人の意見のほうを信じる」という潮流を示しているのだと思います。こうしたモデルの極端なものが、みなさまもよくご存じのように、いわゆる「信者ビジネス」などと言われる訳ですね。

 本の世界も、恐らくは「書店にぶらぶらと出かけ、気になった本を手に取り、買って帰ってくる」といった行動が少なくなった今、著者の知名度にしろ、能力にしろ、あるいは読者レビューにしろ、個人の力のほうが大切になっているのかもしれません。少し前に書店員さんのおつくりになる手づくりのポップが注目を集めたのも、当然こうした流れと無関係ではないでしょう。

 隣接権の論議も大きな目線で言えば「販売力が個人に傾きつつある現代において、法人が自分たちの権利を持つことで、そのバランスを再調整しようとしている」と言えるかもしれません。

 もしかしてそれは、リソースを集中させることで時代を生き抜くという、有効な手段になるかもしれませんし、あるいは歴史の中でしばしば見られる、時代の流れに逆らう保守反動であるのかもしれません。

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堀田純司 1969年大阪府生まれ、作家。著書に「僕とツンデレとハイデガー」「人とロボットの秘密」(いずれも講談社刊)などがある。書き手が直接読者に届ける電子書籍「AiR(エア)」では編集係を担当。こちらでは福井晴敏氏らが参加する第3号を公開した。講談社とキングレコードが刊行する電子雑誌「BOX-AiR」の新人賞審査員も務める。


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