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成功の再配分──出版社が果たしてきた役割と隣接権、電子書籍連載・部屋とディスプレイとわたし(3/4 ページ)

» 2012年06月06日 14時00分 公開
[堀田純司,ITmedia]

失われる「成功の再配分」機能

 そしてもうひとつ。これは私の個人的な感覚ですが、ひとつのノスタルジーも感じます、もし仮に幸運にも電子書籍市場を開拓することができたとしても、実はそこでは既存の出版産業から失われてしまうものがある。それは紙という物理媒体ゆえに成立していた、出版社の「成功の再配分」という機能です。

 先に「出版社は書店さんの棚を確保できる」と書きましたが、それは既得権益として努力なしに手に入れられたものではありませんでした。がんばって継続的に、毎月毎月、本を出し続けることで、他社と競い合いながら確保してきた、長い営業努力の歴史と伝統の成果です。

 特に文庫や新書のようなシリーズでは「売れそうな企画がないから、しばらく出さなくてもいいや」という訳にはいきません。そうするとその間に、棚という大切なショーウインドウは、他社の本にとられてしまうでしょう。普段からがんばってきちんと本をつくっておかないと、いざという勝負のときに「広く置いてもらえない」ということになります。

 現実に、本当に小さい出版社では「ここが勝負」と、突然初版をたくさん刷っても、店頭に並べることができず、いきなり初期在庫の山を抱えてしまうということもあるようです。私は、ある企画でこれを体験したことがあり“発売前”に電話で「ぜんぜん店頭に並びません」と聞かされて「発売前から敗北宣言とは珍しいねっ!」と思ったものでした。正直、考えさせられる経験であり、私の暗黒歴史のひとつになっています。

 そのようなマイナーは話はさておき、出版社は紙のエコシステムを維持するために、がんばって本をつくって刊行し続ける必要があった。売れっ子の本が出せる時だけ、刷っていればいいという訳にはいきませんでした。そしてたとえば私のごとき物書きでも刊行するからには、書店に並べられるだけの“ある程度”は印刷する必要があり、著者はその印刷部数に応じて、仮に1冊も売れなくとも、印税を受け取ることができました。

 出版社にしてみれば、この営みはしばしば赤字になってしまうこともある訳ですが、どこかでヒットが出ていれば事業は維持できますし、売れない著者にも刊行機会やお金が回ります。こうした、書店の棚をめぐるバランスが結果的には「成功の再配分」として機能していたわけです。

 ところが物理媒体に依存しない電子の世界では、もはやこうした「成功の再配分」は機能しなくなります。そこに存在するのは、並列的なディスプレイの機能を持つ棚よりも、むしろ垂直的なランキングの色彩が強くなるのでしょう。紙より印税率は高いが、その代わりに実売印税の世界でもあります。売れた分だけお金がもらえる。しかし売れなければお金は入ってこず、ランキングに入らなかった作品は発売後即座に市場から撤退させられてしまう。恐らく、現代の小売りの特徴である「売れ筋への集中と商品の短サイクル化」が、ますます色濃く反映される領域へと移行していくことでしょう。

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