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“本物の歌舞伎”とネットの化学反応 老舗・松竹が本気で挑んだ「超歌舞伎」ができるまで(2/6 ページ)

» 2016年06月18日 11時00分 公開
[山崎春奈ITmedia]
photo 脚本を手掛けた演劇制作部芸文室 松岡亮さん

松岡さん 脚本の私に話がきたのは1月末です。その時点では主演の獅童さんだけが決まっている状態でした。上司から「『千本桜』って知ってる?」と声を掛けられて「……なんだか嫌な予感がするぞ」と(笑)。正直、ずいぶん難しい仕事だな、というのが第一印象でした。

 当初は小説「千本桜」をベースに歌舞伎化するプランだったのですが、そのままのストーリーでは歌舞伎の世界に寄せるのは難しく、獅童さんからも「義経千本桜」に寄せた形にするのはどうかという提案がありました。2つの世界をうまくリンクさせるためにいろいろ試行錯誤し、最終的には「狐忠信」の物語に、小説「千本桜」の重要なキーワードをはめ込んでいく形で考えていきました。

 当初ドワンゴさんとしては、おそらく初音ミクさんも女形が演じるイメージを抱かれていたと思うのですが、歌舞伎界の外からも注目される「超会議」という場で、ミクさんのファンのご期待にも添える女形さんと考えるとキャスティングがなかなか難しく、ならば「ミクさんは映像にしよう」とこの段階で決まったんです。

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 バーチャルな映像の初音ミクさんと生身の俳優である獅童さんが舞台の上で絡む――そんな絵が想像できると、「義経千本桜」の「吉野山」の場面で佐藤忠信と静御前が踊る場面を獅童さんとミクさんがやってみたらどうだろう? などのイメージが湧きました。歌舞伎を見たことがない人に届ける以上、古典の要素がストレートに伝わるお芝居にしたい。では歌舞伎の定番、勧善懲悪の荒事(力強く豪快な芝居)の演出を取り入れよう、物語を盛り上げるため忠信のライバルも登場させよう、とふくらませていきました。

photo 物語には3つの時間軸が登場する

 3つの時間軸を行き来する構成は、皆さんが小さなころから親しんでいるであろう、ゲームやアニメの世界をなんとなく意識しています。突然ドラゴンが出てきてもきっとファンタジーの世界観として分かってくれるよね、と。悪いドラゴンが桜を散らす、それをヒーローとヒロインが力を合わせて復活させる――RPGや漫画にありそうなお話ですよね。私もファミコン世代なので楽しく想像を広げていきました。

 2月初旬に第1稿、その後1カ月弱かけて練り上げていきました。普段の歌舞伎の公演ではお稽古しながら決定稿の脚本をさらに練り上げていくことが多いのですが、今回は早い段階でほぼ完全な脚本が必要だったので大変でした。

――脚本がなければ、映像もミクさんのせりふの音声も制作作業に入れないですもんね。

松岡さん ミクさんの舞踊シーンのもととなる藤間勘十郎さんの踊りをモーションキャプチャーで撮影し、データとして計測したのが3月前半ですね。……お察しの通り、かなりギリギリのスケジュールです。

小野里さん ミクさんのお声の制作で最も悩んだのはせりふ回しをどうするかでした。ボーカロイドに歌舞伎のせりふを歌舞伎らしくしゃべらせることがどこまでできるのか、という挑戦です。

photo 振り袖の動きまでこだわった初音ミク

 当初は俳優さんに実際に読み上げてもらって、その声色や調子を基に作ってみたのですが、やはりどうしても不自然になってしまう。ものまねしているように聞こえてしまうというか……。お客さんに「なんだ、やっぱり変だな」と嘲笑されてしまったらその時点で“負け”です。場が白けてしまう。それはどうしても避けたかった。

 関係者一同考えあぐねる中、決め手になったのが獅童さんの言葉でした。

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