遺族にとってもかけがえのないデータがロックのかかった故人のスマートフォンやクラウドサービスに残されているとき、残された側は何ができるのだろうか? 突然の不幸で子どもを失ったある夫婦は、悲しみの中、子どもの作品を守りたいとサポートに訴えた。その結果、故人のApple IDを引き継ぐことができたという――。
2019年の夏、都内で一人暮らしをしている20代の男性が自室で突然死した。
警察によると他者が侵入した形跡はなく、ベッドでうつぶせになっていた男性の胸にはiPhoneの跡がくっきりついていたという。事件性はなし。実況見分後、そのiPhoneは財布などの所持品とともに両親のAさん夫婦に渡された。
国の捜査機関であってもiPhoneのロックを解除する確実な手だてはなく、事件性がない今回のようなケースでは外部機関が持つ特殊技術に頼れる可能性はゼロといっていい。IT業界に長らく身を置き、iPhoneのセキュリティ事情も理解している両親は、戻された息子のiPhoneが手つかずであることに察しがついていた。そして、パスワードを知らない自分たちがロックを解除できないことも分かっていた。
人に見られたくないデータは誰にでもある。ましてや自分たちの息子が触られるのを嫌がる領域はなんとなく想像がつく。そこは永遠に知らないままでとどめたい。しかし、息子は趣味の域を超えて写真や音楽を使った創作活動に取り組んでいた。その作品のことが気掛かりだった。
息子が日頃からiCloudの有料プランに契約し、iPhoneのバックアップを丸ごとiCloudに保存していたのは知っている。おそらくはそこに作品が保管されているはずだ。本人が死亡して契約が切れたら、クラウド上のデータも失われてしまうのではないだろうか? 銀行口座の凍結やクレジットカードの停止はすでに済ませているが、よくよく考えてみると、クレジットカードはiCloudの自動引き落とし先になっていたはず。支払いが滞ったら、無料で使える5GB分を超える領域はどうなってしまうのか……?
そう思い至ってAさんが行動に移したのは、息子の死から二週間後。通信キャリアに連絡してSIMを解約した翌日のこと。電話の先はAppleのサポートだった。
一般に、通信キャリアは端末の内部には干渉しない。一部の例外を除いて対応してくれるのは初期化までだ。端末ロックの解除となると、スマホに対応しているデータ復旧サービスに持ち込む手もあるが、必ず解除できるわけではない。すでにiPhoneのロック解除を諦め、iCloudに保存されたデータに照準を絞っていたAさんは、Appleサポート以外の選択肢が思い浮かばなかったという。
「亡くなった息子のiCloudにアクセスしたいのですが……」
マニュアルが用意されているような質問ではなかったが、必死に事情を説明すると電話の向こうのスタッフにも熱意が伝わり、一緒に手だてを考えてくれることになった。
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