フォントとデザインに関するキーパースン2人が、2019年9月4日〜9月7日の4日間にわたって開催された、タイポグラフィのカンファレンス、ATypI(エータイプアイ) 2019東京大会に参加するために来日した。
彼らは米Adobeのフォント開発者として出席されたダン・ラティガン(Dan Rhatigan)さんとケン・ランディ(Ken Lunde)さん。この2人にフォントに関する専門的な内容について語っていただいた。
スマートフォンやSNSの普及で、誰もが気軽に情報を発信できるようになった今、「どう発信するか」を考える上で、欠かせないのがフォントやデザインです。「最近ここのフォント変わったな」「このロゴどうやってデザインしたんだろう」と、身近な文字が気になっている人も多いのではないでしょうか。
この連載では、街角やビジネスの現場など身のまわりにある文字をきっかけに、奥深いフォントとデザインの世界をご案内します。いつも使っているスマートフォンやデジタルカメラを片手に、ひとときの「フォントの旅」を楽しんでみませんか。
1980年代末からパーソナルコンピュータをデザインワークに取り入れ、1990年代〜現在までグラフィック、エディトリアルデザインの分野でフォントの適切な使い方にこだわったデザインワークを続ける。「ITmedia NEWS」のロゴの「ITmedia 」部分のデザインも担当している。
―― まずはダンさんへの質問です。デザイナーの1人として、ダンさんはもちろんのこと、書体をデザインされているタイポグラファーの人々に対してはいつも尊敬と感謝の念を持って使わせていただいていますが、開発に関わられたフォントがリリースされたとき、制作者として喜びや生きがいを感じることは何ですか。
ダン 私はいつも「驚き」を楽しみにしています。例えば自分でデザインしているときは思っても見なかったフォントの使われかたを見たり、あるいは実際に、そのフォント使いを目にすることが面白いと思っています。
―― どんなユーザーの使い方に驚かれますか。
ダン ユーザーが私のデザインしたフォントを、実際に作品の制作の中で表現されているということへの驚きです。例えばこのフォントは真面目なニュアンスで使うことを予想していたのに、デザインの中ですごく遊び心いっぱいな組み方をされてみたり、小さなサイズで使用することを想定したフォントを非常に大きく見せていることに驚きを感じています。そういった意味では、日々歩き回って自分がデザインしたフォントが、使われ方によってまったく表情が変わることに気づくこともです。ある日、空港内を歩いているとき、自分がデザインしたフォントがサウスウエスト航空の看板に使われているのを見つけました。そのときは文字の意味よりもフォントが自分の眼を通して頭に入ってきましたね。こんな使い人をするんだという驚きの気持ちで。
―― OpenTypeを拡張し、複数のカラーとグラデーションを表示できるようにしたOpenType-SVGフォントはクリエイティブにおいてフォントの表現を広げる素晴らしい仕組みだと思いますが、PhotoshopやIllustrator、Firefoxなど一部のアプリケーションにとどまらず、もっと多くのアプリケーションで使えるようにしたいという将来のプランはありますか。
ダン 私たちのチームはあくまでもフォント自体の開発が仕事ですので、その中で、ここ数年間新しいフォーマットのフォント、例えばSVGの可変フォントもそうですが、単純にフォントを集約して格納するだけではなく、もっとさまざまな機能を持たせることができるのではないかと思っています。ただし、そのためにはフォント以外とのからみも出てきます。ではソフトウェア上でフォントはどのように扱われていたかということを考えてみると、過去20年、30年の単位では、静的なものであり、一度入れてしまったら後は何も変わらないものという認識でした。そこを超えて、より複雑な役割を果たそうとしたとき、フォント以外の仕組みやソフトウェアに手を入れて再開発する必要があります。私はフォントを開発しています。その後はアプリケーションの開発を行っている担当者がフォントを理解して、アプリケーションの中で表示できるようにするということになりますが、そんなに簡単に実装できることではありません。ただ、それだけの手間をかける価値は絶対にあると私は思っています。
―― これらのようなAdobeのフォントテクノロジーに関して、AppleやMicrosoftなど(提供メーカー)からの協力は得られていますか?
ダン 実はAppleとはSVGフォントの実装においてすでに協力しています。Microsoftに関しては、今のところあまりご興味がないのかな、という印象です。そういった意味においては、フォントテクノロジーに関してそれぞれ異なる責任を持たなければならないし、ナレッジとしてどのようにフォントを解釈すべきかというところを、他社のフォント開発関係者に私たちが見せていく必要があります。これはCFF2(Compact Font Format Version 2)の場合でも、可変フォントでもそうです。OS系の会社さんとAdobeは定期的にコミュニケーションを絶やさないようにしています。以前に痛い思いをしたので(笑)。フォントというのは「相互運用性」がなくてはいけません。
※編集注:AdobeのType 1フォントとPostScriptに、AppleとMicrosoftが連合してTrueTypeフォントとTrueImageで対抗したことを指すものと思われる。
可変フォントでもオープンスタンダードでやっていくことを心掛けています。仮にどこかの会社が、あるフォントを独占するためにテクノロジーを使って、それを優位に立つために使うことは誰も得をしません。フォントというのはあくまでも、どんなユーザーでもどんな場面でも使うことができることが大切だということを、私たちは過去の経験から学ぶことができたんじゃないでしょうか。
―― カンファレンスやセミナーにおいて、日本のビジネスユーザーのプレゼンテーションにおけるスクリーンでのフォント使いについてどう思われますか。例えばPowerPointやWordなどを使ったビジネスプレゼンテーションで、メイリオとMSゴシックしか使わないような感覚は日本人独特のものなのでしょうか。
ダン 私自身は日本のユーザーのフォントの使い方に強い意見があるわけではありませんが、全ての日本語フォントで必要な文字を全部見せられるわけではないことは承知しています。なので、どんな文字でも表示できるようにすることが私たちの課題として残っています。自分で表現したい、話したい内容のためにフォントの使いこなしが独特になっていることは感じます。
フォントのチョイスについては、ソフトウェアメーカーはそれぞれの言語に対してデフォルトを設定しなければならないのですが、その部分が罠になっていると思います。MyriadやMinionがある時期こぞって使われていたのも、Adobeがそれをデフォルトとして設定していた時期があったからです。ArialやComic Sansが使われていたのも同様の理由です。その点がフォントをプロダクトとしてきちんと見ていない人にありがちなことで、今、目の前にあるフォントを使ってしまえという発想です。なので、AdobeはCreativeCloudのなかで、できる限りたくさんのフォントを使えるよう、多くの選択肢としてフォントを提供しています。Adobeのフォントは自社の製品だけでなくPowerPointでもWordでも、どんなアプリケーションでも使えるようにしています。ユーザーがフォントの選択肢がないと思い込んでしまうような障壁を取り除き、ユーザーが高い表現力でフォントをクリエイティブに使いこなすためのお手伝いができればと思っています。
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