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金融業界はAIでどう変わったか? 1日1000億件の市場データを処理するブルームバーグに聞くこれからのAIの話をしよう(金融編)(2/2 ページ)

» 2019年10月16日 07時00分 公開
[松本健太郎ITmedia]
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自然言語処理や機械学習に詳しい米Bloombergのギデオン・マンさん(データサイエンス部門 グローバル統括責任者)

 「金融業界は昔からクオンツ(※)など定量分析を主軸として動いている業界です。そういう意味ではデータサイエンスやAI的なアプローチ自体は昔からあったといえます。1980年代以降、米Renaissance Technologiesのようにトレーディングの自動化に取り組むヘッジファンドが多く登場しました」

※:高度な数学的手法を用いて市場や金融商品、投資戦略などを分析したりすること

 マンさんは「自然言語処理は複雑なため、SVM(サポートベクターマシン)など手法も限られていましたが、この10年ほどで技術が進化しています。言語データは意味が曖昧で複雑なことから従来は処理が難しいとされていましたが、今では文章だけでなくその文脈を読む手法も開発されています。Googleの『BERT』(自然言語処理モデル)が良い例でしょう。今では財務情報をAIに読み込ませると、機械が重要なポイントを検知してシグナルを出してくれます。テキストからいかに新しい情報を引き出すかを考えないといけません」と説明します。

 「ただ、機械学習を使えば金融業界が抱える課題を全て解決できるのか――その見通しは、それほど明瞭ではありません。金融業界では1日分、あるいは1カ月分のデータ量では十分な精度を出すAIモデルを構築できません。また10年前までさかのぼってデータを取り込もうとしても、そこまでデータがないんです」

 確かに金融や保険業界など、統計を駆使してきた業界はAIとも相性が良さそうです。しかし、AIによる自動化の波が金融業界を襲っているという見方もあります。

 例えば、米ゴールドマン・サックスでは、ニューヨーク本社で働く株式トレーダーの数が、最盛期だった2000年の600人から2人にまで減ったいう報道もされています。日本でも顧客対応の自動化などが後押しし、メガバンクが人員削減に踏み切っていますが、金融業界内では「仕事が奪われる」という脅威論はあるのでしょうか。

 これに対し、マンさんは「自動化によって起きる現象を単なる破壊とみるのか、それとも新しいものを生むための創造的な破壊とみるか。まだ答えは出ていない状況でしょう」といいます。

 「ATMが登場したときも、銀行の出納係の仕事が奪われるのではないかといわれていましたが、銀行の支店数は減りませんでしたよね。ただ、その当時金融機関に勤めていた人たちの仕事内容が変わったのは事実です。影響を受けてしまった人たちに対してどのような支援ができるのかを、社会全体で考える必要はあるでしょう」

 さらにマンさんは「ゴールドマン・サックスの例も、できれば『全体』で見てほしいです。確かにトレーダーの数は減りましたが、その分エンジニアの数は増えていますよね。これはヒューマンリソースの再配分だと捉えるべきでしょう」と指摘します。

 確かに、新しい技術の登場によってなくなる仕事もあれば、新たに生まれる仕事もあるでしょう。私たちはAI時代の働き方について、もっと真剣に考えなければいけないのかもしれません。金融業界などでの実用化が見込まれている量子コンピューティングについても、「私は量子コンピューティングの専門家ではありませんが、従来よりも速く計算できるということに着目すると、そこまで大きく何かが変わるとも思っていません。ただ、注意深く見守っていきます」と慎重です。

 マンさんはAIなどの先端技術が働き方に与える影響を研究する団体「Shift Commission」の創設メンバーでもあります。同団体では、米国の政治家や実業家、ジャーナリストなどが議論しながら未来の社会のシナリオをイメージし、その社会で人々がどう生きていくべきかを考えていきます。

 「より良い成果を生むためには、政府、企業、教育が適切なタイミングで適切な関わり方をしなければならないと考えます」とマンさん。例えば教育の領域でいえば、ドイツ連邦政府は「国家再教育戦略」を発表していますが、日本でもデジタルの再教育などが必要になってくるのでしょうか。

 これに対し、マンさんは「そうですね、教育にはもっと力を入れていくべきです。これから先、社会の変化はますます大きくなっていきます。企業の経営者も、人材の再教育や将来の社会的な飛躍のために何ができるかなどを考えなければいけなくなるでしょう」と話します。

取材後記

 AIが社会に浸透していく時代、「AIに負けない人間力をつける」と考えるよりも「AIをうまく操る能力を身に付ける」ことのほうが大事になっていくのでしょうか。筆者の考えは以下の記事にも書いています。

 21世紀は「学び続けなければならない時代」なのだと思います。「deep learning」よりも「keep learning」。それを苦痛と感じるか、常に新しい気付きを得られると感じるか、それは人それぞれですが、そうしなければ生き難い社会ではあるようです。

著者プロフィール:松本健太郎

株式会社デコム R&D部門マネージャー。 セイバーメトリクスなどのスポーツ分析は評判が高く、NHKに出演した経験もある。他にも政治、経済、文化などさまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。 本業はインサイトを発見するためのデータアナリティクス手法を開発すること。

著者連絡先はこちら→kentaro.matsumoto@decom.org


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