粘り強く交渉した結果、社内でクラウドの導入が決まった。虻川氏は、全社的な取り組みにするためには、段階を踏む必要があると判断。「停止しても、謝れば済む領域から」をモットーに、スモールスタートでクラウド活用を始めた。
当初はAWSなどの大規模なサービスではなく、社内ネットワークに利用していたKDDIが提供しているバーチャルデータセンターシステムを採用。社内向けeラーニングや、認証システムのバックアップ、プロジェクト管理――など、ビジネスに必ずしも直結しないサービスの基盤として利用し始めた。
このKDDIのシステムは安定性が高く、虻川氏は手応えを得た。12年には公式サイトの基盤をクラウド化した他、ファイルサーバも導入。SaaSの活用にも手を広げていった。
この時点でも「謝ったら許される領域から」のモットーに従い、ビジネスに直結する基幹システムへの導入は見送った。クラウド化したシステムは、多くの社員が使うものの、代替手段が存在するものに絞ったという。
基幹システムへのクラウド導入を本格化したのは、さらなる手応えを得た14年から。「コミュニティーや情報量の多さに魅力を感じた」としてAWSを使い始めたのもこの頃で、磁気定期の販売システムや、ダイヤ編成システムなどの基盤として採用した。
15年には、それまでUNIXサーバ上で稼働させていた高速バス予約システム「ハイウェイバスドットコム」をAWSに移行。並行して、アプリ開発基盤にkintoneを導入し、遺失物管理、乗組員台帳、添乗員評価などの自社アプリの内製も始めた。
こうした取り組みを進めた結果、虻川氏が京王電鉄に戻ることが決まった頃には、社内の意識は大きく変わっていた。
「システム部門はスピード感のある開発に取り組み、さまざまなアプリを迅速に内製できるようになりました。現場の理解も深まり、出向当初は『情シス? パソコン屋だろ?』と冷たい目線を向けていた人たちも、『話を聞いてほしい』『コーヒーでも飲もうよ』と積極的に話しかけてくれるようになりました」
特にシステム部門の意識が変わった要因の1つに、ある評価の仕方をしたことも挙げられる。同氏はクラウドサービスを使い始めた当初、メンバーの変化に対するモチベーションを引き出すため、チャレンジせずに現状を維持した人よりも、チャレンジして失敗した人の評価を高くすると公言したという。
クラウドを導入した際は、メンバーに目的やメリットを説明した上で、まず触らせてみた。「しかるのは適当に取り組んだ時だけで、基本的には失敗しても怒らず、組織的にチャレンジを応援する姿勢を徹底しました」
京王グループでは現在、AWSを中心に「Microsoft Azure」「Google Cloud Platform」などのクラウドサービスを用途に合わせて選択するなど、クラウド化を加速させている。
同氏は、かつては「石橋をたたいて壊すほど慎重だ」などと社風を評する声もあったと振り返りつつ、今では全員でスピード感を上げる努力を続けていると話す。「皆さんもクラウドをどんどん活用して目の前の業務を減らし、新しいビジネスを考える時間を作り、会社を元気にしていきましょう」と聴衆に語りかけた。
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