2019年末に放送された「第70回NHK紅白歌合戦」で、“AI美空ひばり”が新曲「あれから」を披露して話題を集めた。ヤマハの専門スタッフがディープラーニングを活用して故・美空ひばりの歌声と歌唱法を追求し、音声合成技術を使った表現としてはかなり完成度が高い作品に仕上がっていたと思う。
一方で、映像表現における表情や動きの硬さ、「お久しぶりです。あなたのことをずっと見ていましたよ」といった曲間のセリフなどに違和感を覚える人も多く、ネットには「死者を冒涜(ぼうとく)している」「不気味の谷だ」といった言葉があふれたのも事実だ。
筆者も最新のデジタル技術に感心した反面、他者が故人をコントロールすることに対してモラル的な戸惑いや怖さを感じた。感情がこんがらがったときは、その一つ一つをもみほぐして整理するしかない。これから私たちはAI美空ひばり的な存在とどう向き合っていけばいいのだろうか。
故人をデジタル上で部分的に再現する取り組みは既にかなり広がっていて、恐らく止まることはない。
故人がSNSなどに遺したコンテンツをもとに、当人のアバターを作り出すサービス「Eternime」(エターナム)は14年にスタートし、20年1月時点で4万6000人以上の登録者を集めている。
また、18年10月には米マサチューセッツ工科大学メディアラボのホセイン・ラーナマ客員教授が、亡くなった経営者の判断力を再現するサービス「Augmented Eternity」(オーグメンテッド・エターニティ)を計画していると発表した。
故人の歌声だけでなく、思考パターンや語彙(ごい)、口調の癖などを再現することは、技術的に不可能ではなくなっている。さらにいえば、故人が考えたり言ったりしないようなことまで映像化することもできるだろう。20年1月、米Facebookは精巧な偽映像(ディープフェイク)動画を独自の判断基準で削除すると発表した。それくらいディープフェイクを作る技術は当たり前のものになっている。
今はその気になれば、死者の内面も外面も後から作れてしまう。とりあえずは、それを前提に死者と向き合う必要があるだろう。
死者と向き合う行為は、追憶とリアルタイムに分けられると思う。
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