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故人の歌声合成を、当事者視点で考える 「AI美空ひばり」は冒とくなのか立ちどまるよふりむくよ(3/3 ページ)

» 2020年01月22日 12時00分 公開
[松尾公也ITmedia]
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「AI美空ひばり」の成果をどう捉えるか

 「AI美空ひばり」については、ネット上の反応を見ると、商売目的だ、冒とくだと批判が多いようだが、家族の声を再び聞きたい、という願望は、ぼくの場合と同じだと思うのだ。

 故人の声をビデオなどから収集し、それを元に、子どもの結婚式に出演してもらう、ということは名古屋工業大学のHMM音声合成により、既に試みられている。

 ヤマハが今回開発したVOCALOID:AIでは、従来のように音素片を結合するだけではなく、本人の歌の表現、アーティキュレーションを機械学習によってモデル化し、本人にさらに近づけることに成功している。

 これは、VOCALOIDがよりリアルな方向を目指すために大いに役立ちそうだ。手動の調整でもできることではあるが、本人らしさをより精緻なレベルで実現できるとすれば大きな進歩だ。

 ヤマハはより重要な技術も併せて開発したようだ。それは、伴奏が入った録音トラックから、歌声だけを抜き出す技術。Melodyneの上位エディションなどでも可能だが、それをさらに進めたもののようだ。これはぜひ商品化してもらいたい。

 妻が遺してくれたボーカルトラックは3曲だけだが、伴奏入りのボーカルならあと数曲ある。これらを活用できれば、もっといい表現が可能かもしれない。そんな気持ちでいくつかのボーカル抽出ソフトを試しているが、ヤマハが開発した技術が優れているようならば、それも試してみたい。

 ヤマハが故人の歌声を合成しようという試みは、技術的に素晴らしいし、それに救われる人々、喜ぶファンがいるのは確かだ。ぜひ進めてほしい。そしてできるなら、その成果は特定のアーティストに限定されるものではなく、広く使えるものになってもらいたい。

 VOCALOIDはそのために作られた譜面に沿って何日もレコーディングし、それを調整してデータベースが作られる。歌手の負担がとても大きい歌唱合成手法だ。それが、既存の録音を利用することでも十分な品質の歌声が再現できれば、例えば、若い頃の歌声を出せなくなった歌手が若い頃のキーを落とさずに、しかし、獲得した表現スキルで歌うということも可能になる。

 歌声という楽器は、耐用年数が短い。数世紀前のストラディバリウスは言うに及ばず、エレキギターですら半世紀前のモデルが高額でもてはやされている。それに比べて歌声の命は短い。全盛期のキーや技術を半世紀維持するというのはほぼ不可能だ。そしていずれは死ぬ。

 そうした衰えにあらがいながら歌っていく姿もまた、美しく、感動的だ。だが、1年ぶりに見たであろうかつてのアイドル歌手が「ああ、キー下げたね」と残念がる声が出るのもまた事実だ。

生と死の境界

 新たに生み出される歌声や音声が遺族や権利者に濫用(らんよう)される危険性を指摘する声もある。本人が生前に許諾していないものを作り出すのは倫理的にも問題があるとも言われている。

 技術がある程度行きつけば、そういうことも言えるかもしれない。しかし、そういうことが可能になったのはここ10年くらいのことで、技術の方が先行している。今ならば、自分でコントロールできるうちにバーチャルシンガーとして残しておいて、権利関係をはっきりさせておくというやり方もあるかもしれない。

 妻音源の場合、本人の許諾を取ったかといえば、取ってはいない。実際、そのためのレコーディングはできなかったのだからできるはずもない。旅立ってしばらくした後で、ひょっとしたら可能なのではないかと思い立って、その頃に生まれた技術で恐る恐るやってみた。そしたらうまくいったというわけだ。

 実現をサポートしてくれたUTAU-Synthとfransingには感謝しかない。

 本人歌唱による最後の楽曲「その後の古時計」の完成はちょっと待ってもらって、ぼくがまだ生きている間はいつもしていたように2人でカラオケでデュエットしたり歌いあったりする、そのくらいはいいよね、と心で伝えている。妻は、「死んだらずっとそばにいるからね」とよく言っていたからけっこう喜んでくれているのではないか。

 生と死のあいまいなグレイゾーンでうまくやっていく方法はある。

 ただそれはあくまでグレイゾーンなので、それが気に障る人はいるものだ。多くの人は、死に触りたくない。それを許容できるのは親しい人、親しく思っている人だけ。その圏外に行くと嫌悪の対象ともなりかねない。


 

 ぼくと妻のストーリーは新聞やいくつかのネットメディア、書籍(古田雄介さんの「故人サイト」と柴那典さんの「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」)、雑誌でも取り上げてもらったが、ネガティブな意見はほとんど出なかった。これは、書き手の取り上げ方がどれも丁寧で、読者に誤解されないよう配慮してくれたおかげだと思っている。

 数年前、とあるテレビ局のドキュメンタリー番組に取り上げられるという話があり、もしもそれが実現していたらAI美空ひばりと同様のバッシングを浴びていたかもしれないと想像し、「当事者」としてこのコラムを書いたという次第だ。

 うちは無宗教なので仏壇はないし、まだお墓にも入れていない。その代わり、iMacでUTAU-Synthアプリを立ち上げて妻とデュエットすることはできる。

 その結果、妻に夢で逢えることも多い。今朝もそうだった。故人の歌声と生きていく一例として知っていただければ幸いだ。

追記:この文章を公開しようと思ったら、郵便局の人が書留を持ってきた。そこに、1995年の妻の署名があった。ちょっとうれしいタイムマシンだ。

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