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新型コロナウイルス流行下での映画産業を考える(2/3 ページ)

» 2020年05月08日 08時00分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

単純には解けない「映画と映画館」のジレンマ

 現在、映画産業は大変なことになっている。

 筆者も一人の映画好きとして、悲しい日々を送っている。3カ月もの間、映画館に一度も足を運ばないなんてことは、大学生になって一人暮らしをするようになってから一度としてなかった。

 現在、映画産業を襲っている課題は2つある。

 1つは、映画館に人を集めることが難しくなり、映画館での興行収益がほぼゼロになっている、ということ。新海監督が指摘した「みんな一緒にスクリーンで、というのは難しい世界」そのものだ。

 そのため現在は、映画館で封切られるはずだった作品を、予定よりも早く配信に、という動きも出始めている。

 ただ、ここで挙げた2つの動きは、本来まったく別の意味を持っている、と理解すべきだろう。

 まず大前提として、資本が大きい映画会社・制作会社の状況と、小規模のところは全く違う、ということだ。

 大手の場合、今の時期に映画館で上映できないのは「スケジュールのズレ」の問題と言っていい。収益の発生する時期が後にズレるが、それでいきなり潰れるわけでもない。問題はむしろ「プロモーションをどうするか」「玉突きで後にズレた作品がどういうスケジュールになるのか」ということだ。多くの人を集めなければならない以上、プロモーション計画も綿密なものになっている。関わる人々も多い。そして、経営平準化のためには、ヒット作を季節に合わせてうまく流していくことが重要になっている。それがズレることが大きな問題なのだ。

 一方で比較的規模の小さな映画会社・制作会社は、資金面で余裕がない。一定の期間・一定の回数劇場で公開されてお金が入ってきた上で、さらにその後に映像配信やディスク販売などで収益を得る。そのサイクルや計画が壊れると、もうその時点で「次」が厳しくなってくる。

 もう1つ、大手と小規模作品の違いは、プロモーションによる周知の問題がある。

 大手の大規模作品は、予算をかけていろいろな形で周知される。極論すれば、収益を得るタイミングは「劇場公開」だけである必要はない。後日周知されて「テレビで見る」形でも全然構わない。

 だが、小規模作品は周知が難しい。映画館でも同様に苦戦するが、配信はもっと難しい。

 映画好きは映画館に行く。小規模作品にも目を向ける。情報も常にウォッチしているものだ。

 では、そういう人々は「配信」に目を向けているだろうか?

 昔から「劇場公開の厳しい状況を配信が救う。配信によってインディ系の映画制作会社の活力が増す」と言われてきた。だが現実問題として、単品配信系での収益は、完全に大手映画会社やアニメ制作会社の作品に偏っている。映画館でインディ系作品・単館上映作品をチェックする人々の目は、まだ配信には向かっていない。なぜなら、「映画館で見る体験」が圧倒的に良いからだ。新作をテレビで見るのに、映画館と同じ金額を躊躇(ちゅうちょ)せず支払える人は少ないのが実情で、その心理的ハードルを超えてくるのは「ファンをつかんでいる作品」だけに限られるのが現状だ。

 逆に言えば、ファンをつかんでいれば、配信というハードルも乗り越えてきてくれる。いわゆる「2.5次元舞台」の配信が好調なのだが、それは、舞台という「ハコ」に入れるファンの数に制限があり、さらにそれ以上にファンがいて配信を許容してくれるからでもある。

 閑話休題。

 現在のシネコンだと、通常の大人用料金は1900円。飲み物を買えば2500円くらいになる。この額を払うのはまず「ファン」であり、そのあとに「作品が気になった人」が続く。日本の場合、映画館には「年に1回も行かない」人が大半。「年に1、2回」という人が、2000万人から2500万人程度と見られている。毎月映画館にいく人は、多く見積もっても200万人程度だ。しかし、その200万人以下の「映画好き」が映画業界と映画館を支えているのだ。

 映画好きがなぜ映画館に行くのかと言えば、それは「映画館で見る行為が好き」だからに他ならない。テレビやホームシアターで置き換えが効くなら、もう15年前に置き換わっていていいはずだ。一方で、ファンだけに頼るのは厳しいので、3D上映・イベント上映などで単価を上げ、「来たい」と思う人を増やそうとしている。

 どちらにしろ、映画館が使えないことを「単純に配信で置き換える」のは難しい。それはすでにうまくいっていない方法だからだ。プロモーションの形から収益のあり方まで、すべてを見直していかないと、「映画館に集まれないから配信に」という流れにはならないだろう。

 だから映画館も映画業界も「しばらく耐える」道を選んでいる、と言ってもいい。

 なお、配信がプラスに働き始めているところもある。単品配信ではなく、Netflixなどのサブスクリプションサービスから出資を受ける方法だ。彼らは独占的なコンテンツを欲しており、制作会社は「配信からの安定的な収益」を求めている。単品配信では、どうしても「たくさん見られないと収益が上がらない」構造だが、サブスクリプションからの収益の場合、「最初からまとまった一定額での契約」となるため、収益が安定しやすい。以下の事例は、そうした両者の思惑が合致した例、と言える。

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