これまで何時間もかかっていた電子の状態の計算を、AIを使って数秒で計算する──東京大学と産業技術総合研究所は6月3日、こんな研究成果を発表した。AIで計算の高速化が図れるだけでなく、これまで明らかにされてこなかった知見も得られたという。
研究チームが取り組んだのは、「励起(れいき)状態」といわれる不安定でエネルギーの高い状態の電子構造の計算。
半導体設計など物質開発では、物質の構造を調べるためにX線や電子線を物質に照射する。物質の電子構造はX線などの照射で基底状態から励起状態に一瞬だけ変化し、励起状態から基底状態に戻る際に「スペクトル」と呼ばれる特有の波長分布の光を放つ。
スペクトルには物質の構造や結合に関わる情報が含まれているが、その意味を理解するにはコンピュータを使った理論計算が必要で、従来は数時間から数日かかっていた。
今回、励起前の「基底状態」と励起状態のデータセットをニューラルネットワークに学習させたところ、数秒から数分で、基底状態の情報から励起状態を高精度に出力するAIを構築できたという。
研究チームは酸化シリコンの結晶とアモルファス(結晶構造のない状態)から1200個のデータセットを作成し、AIで学習。従来の方法で約1時間計算することで得た“正解”のスペクトルを、高精度かつ数秒で計算することに成功した。
さらにこれまで知られていなかったことも分かってきた。酸化シリコンの結晶で作成した予測モデルを酸化マグネシウムや酸化アルミニウムなど別の酸化物のスペクトルにも適用した結果、結晶構造や構成元素が異なるにもかかわらず高精度な予測ができた。
逆に、結晶の予測モデルをアモルファスの酸化シリコンに適用すると予測精度が著しく下がった。
これらの結果から、研究チームは結晶の酸化シリコンの励起状態が他の酸化物の励起状態と似ていることと、同じ物質であっても結晶とアモルファスでは励起状態が異なることが初めて明らかになったとしている。
同チームは、AIによる予測手法が物質の構造解析や環境物質の調査にかかる時間を大幅に短縮できるとして期待を寄せている。
研究成果は、英Nature Researchのオンライン科学誌「npj Computational Materials」に3日付で掲載された。
光を反射しない「究極の暗黒シート」、産総研が開発 可視光を99.5%吸収、ゴム製で量産可能
ユーザー認証は「お尻の穴」──尿や便で健康状態をチェックするスマートトイレ 米研究
常識を覆す「惑星」、巨大ブラックホールの周りに存在か 鹿児島大と国立天文台
未来のAIに“意識”は宿るか AI・認知科学の専門家に聞く
Microsoft、量子計算プラットフォーム「Azure Quantum」のプレビュー版を公開 日本ベンチャーの活用例も
富士通、JAXAの新スパコン製造へ 「富岳」の技術活用、性能は現行の5.5倍に
東大、スカイツリー展望台と地上で「相対性理論」検証 セシウム原子時計より100倍高精度の「光格子時計」でCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR