ブラックホールには一度入ったが最後、光さえも脱出できないほど強い重力がかかる領域の境界「事象の地平面」があるといわれている。しかし、理化学研究所はこのほど「ブラックホールは事象の地平面を持たない高密度な物体である」とする、これまでの通説とは異なる研究結果を発表した。
この理論を発表したのは、同研究所の横倉祐貴上級研究員らの共同研究チーム。従来のブラックホール理論が一般相対性理論に基づくのに対し、研究チームは一般相対性理論と量子力学に基づいて理論を組み立てた。
従来の理論では、光も脱出できない内側の領域をブラックホール、その境界を事象の地平面といい、ブラックホールの質量によって決まる事象の地平面の半径を「シュワルツシルト半径」と呼ぶ。また、従来の理論に量子効果を加えたときに考えられる熱的な放射「ホーキング放射」によって、ブラックホールは最終的には蒸発してしまうと考えられている。
しかしこれまでは、物質がブラックホールに落ちた後、その物質が持っていた「情報」がどうなるのかをうまく説明できていなかった。ブラックホール理論研究の第一人者だった物理学者故スティーブン・ホーキング氏は「情報は永遠に失われる」という立場を当初取っていたが、晩年には「量子理論ではエネルギーと情報はブラックホールから脱出できる」(情報は保存される)と意見を変えた。しかし、依然として情報がどこに行き、どのように戻ってくるかは分かっていない。
今回、横倉上級研究員らは蒸発の効果を取り入れ、物質が重力でつぶれていく過程を理論的に解析した。
研究チームの理論では、重力でつぶれていく球状物質をたくさんの層の集まりと見なす。各層は粒子からなり、ある層の粒子を中心へ引き寄せる重力はその層より内側にある物質のエネルギーによって決まる。そのエネルギーから計算できるシュワルツシルト半径は、ホーキング放射によってエネルギーが減っていくため時間とともに小さくなる。
このとき、落下してきた粒子がシュワルツシルト半径の近くまでやってくると、落下と蒸発の効果が釣り合うために、蒸発が先に生じている分だけシュワルツシルト半径の内側に届かないという。
この現象が球状物質のあらゆる所で起きるため、物質全体が収縮し、中身の詰まった高密度な物体ができる。特に一番外側の層はシュワルツシルト半径の外側にあるため、ブラックホールは「通常の星のように表面を持ち、事象の地平面を持たない高密度な物体」だと研究チームは指摘する。また、この理論解析の解には「特異点」(エネルギー密度や時空の曲がりが無限大となるブラックホールの中心)も現れなかったという。
研究を主導した横倉上級研究員は取材に対し「本研究では解析を簡単にするため球状のブラックホールで考えたが、実際のブラックホールは回転している場合が多く、つぶれたまんじゅうのような姿になっている。しかし、自分の他の研究で得られた結果から、回転している場合にも事象の地平面はないのだと考えている」と話す。
ただ、表面とシュワルツシルト半径の差は小さいため、外から見るとこれまで考えられてきたブラックホールと同じように見えるとしている。
ブラックホールに落ちていった情報については「今回の研究では、ブラックホールにリンゴが落下したとしても、リンゴはブラックホールの内部構造の一部となるので、リンゴの情報の居場所が分かる。情報が内部で取りうるパターンを調べると、熱力学から導かれる結果にも一致する」(同)と説明する。ブラックホール内での情報保存の在り方が分かれば、遠い未来には大容量の情報ストレージとしてブラックホールを活用できるかもしれないという。
「物質の情報(波動関数)の経時変化(時間発展)を詳しく調べることで、蒸発後に情報がどのように戻ってくるのかを解明できる可能性がある」として、ブラックホール内部での情報の移動について調べたいと話した。
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