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“盗聴不可”の量子暗号通信を人工衛星で実用化目指す 先行する中国に追いつけるか

» 2020年11月10日 07時00分 公開
[秋山文野ITmedia]

 原理的に盗聴を必ず探知でき、通信の秘密を守ることができる「量子暗号通信」の分野で、小型の人工衛星を使って大陸間の「衛星量子鍵配送」の実現を目指すプロジェクトが、2018年から5カ年計画で始まっている。総務省や情報通信研究機構(NICT)が中心となって研究開発を進め、20年がちょうど中間の年に当たる。

 世界に目を向けると、衛星量子鍵配送で日本は中国の後塵(じん)を拝している。16年、中国は「墨子」という実験用の人工衛星を打ち上げ、18年に中国とオーストリアの間で距離7600kmの大陸間量子鍵配送を実現した。一方、日本は衛星量子暗号通信の基礎となる衛星光通信の研究開発を促進。05年に光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)を打ち上げ、欧州の静止軌道衛星「アルテミス」と軌道上での光衛星間通信実験に世界で初めて成功した。しかし、人工衛星を使った量子鍵配送はまだ実現していない。

photo 光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS、画像提供:JAXA)

 そんな中、衛星通信で情報のセキュリティ強化を求められる背景もあり、総務省は「衛星通信における量子暗号技術の研究開発」を重点課題と位置付け、18年から22年までのプロジェクトを始動。目標は、(1)150kg程度の超小型衛星やドローンなどの飛翔体に搭載できる量子暗号通信装置を開発すること、(2)衛星や飛翔体との通信が可能な可搬型光地上局の実現、(3)衛星と地上局間で10kbpsを超える速度で情報理論的安全性を持った暗号鍵を配送する技術を実証すること――だ。

 中国に先を越された衛星量子鍵配送の技術を、日本はいつ手に入れることができるのだろうか? NICTなどの発表に照らし合わせると、22〜25年ごろがターニングポイントになりそうだ。

なぜ量子暗号通信に人工衛星が必要なのか

 まず量子暗号技術の中でも、量子鍵配送の基本をおさらいしておく。量子鍵配送(Quantum key distribution:QKD)は、データの暗号化・復号を行う「秘密鍵」の送信に量子の性質を利用し、盗聴を必ず検出できる送受信方法によって通信の安全を守る技術だ。

 光の最小単位である「光子」1個1個に情報を乗せて送信者から受信者へ送信を繰り返し、秘密鍵を完成させる。秘密鍵の中から、「チェックビット」と呼ばれる確認用の一部をランダムに取り出し、送信者と受信者の間で確認する。もしも途中で盗聴者が傍受していた場合、量子の性質によって送信者と受信者それぞれのチェックビットに一定の確率で食い違いが生じる。十分な数のチェックビットを確認すれば、傍受されていることを必ず検出できるため、秘密鍵を破棄して新しい秘密鍵送信をやり直す(ワンタイムパッド方式)ことで、通信の安全を守ることができる。また現在の通信で広く使われているPGP暗号などよりも長い秘密鍵を使うことができ、原理的に解読できない複雑な暗号化が可能になる。

 量子暗号通信の課題は、光子という非常に微弱な光を使用するため、地上の光ファイバー網に乗せて光子を送受信すると光ファイバーの伝送損失によって失われてしまうことだ。現在可能になっている伝送距離は、東芝が20年1月に実現した500km程度。また、10km規模から100km規模へ伝送距離を延ばすと、損失が増えて通信速度が落ちるという課題もある。

photo 東芝の量子暗号通信装置(送信側)

 一方、衛星で光子の送受信を行う場合は、大気圏を通るために光ファイバーほどは光子が減衰しないというメリットがあり、伝送距離は1000km規模まで伸ばすことができる。実質的に大陸をまたぐ量子暗号通信が可能になる。ただし、衛星は地球低軌道を高速で周回するため、通信可能な時間が限られるという制約はある。

 スカパーJSATの調査によれば、衛星量子鍵配送の利用について関心が高いのは、医療、金融、外交、安全保障の分野だという。地上受信設備の大きさや設置可能な場所、運用維持管理上の制約や負荷などに関心があるようだ。衛星との光通信は悪天候の場合は実現できないため、多くのユーザーが衛星量子暗号鍵配送を利用できるようにするには、地上局を可搬型にして晴天の場所へ移動させるなどの対応が地上側でも必要になる。ドイツでは同様の考え方から、自動車に搭載できるコンテナ式の可搬型光地上局を開発しているという。

 日本でも同様に、地上のどこでも衛星との通信が可能な可搬型地上局の開発が進められている。すでに車両搭載可能な受信用望遠鏡と衛星追尾システムを組み込んだプロトタイプ地上局が作られ、8tトラックに組み込まれている。直径35mmの望遠鏡と経緯台、衛星を追尾する光学機器で構成され、20年頭には衛星に見立てて明るい星を追尾することで、精度の検証が行われた。

photophoto NICTが開発した可搬型光地上局。8tトラックをベースに直径35mm、重量300kgの望遠鏡を搭載している。(画像提供:NICT)

実現は22〜25年ごろ?

 では、日本の量子鍵配送衛星はいつ実現するのだろうか? すでにNICTは17年、50kg級の超小型衛星「SOCRATES」と固定地上局による量子通信の実証に成功した。秒速7kmと高速で飛行する衛星を補足し、光子レベルで情報をやりとりすることができた。今後は可搬型地上局と衛星間での高速の光通信実証を計画し、22年に打ち上げ予定の技術試験衛星9号機に搭載される光通信機器「HICALI」による10Gbpsの高速通信、大気の影響による通信品質の劣化を低減する技術実証を行うという。

 22年は総務省のプロジェクトが区切りを迎える年でもある。日本の宇宙開発のゴールを定めた宇宙基本計画の工程表によると、衛星量子暗号技術は「22年度までに基盤技術の確立を図る」とされ、さらに25年ごろまでに「グローバルな量子暗号通信網の実現に向けた研究開発等」が進められる予定だ。

 またNICTが公表した資料によれば、量子暗号の機能を持った衛星を複数機開発して打ち上げることを目指しているという。こうした情報を突き合わせると、22〜25年ごろには、何らかの量子暗号通信の機能を持った超小型衛星の宇宙実証が行われると考えていいのではないだろうか。

photo 19年のNICTによる衛星量子暗号技術の展望。25年ごろまでの衛星開発の可能性に触れている

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