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» 2020年01月14日 06時00分 公開

東芝、盗聴不可能な「量子暗号」でヒトゲノム約500GBの伝送に成功 世界初

東芝と東北大学は1月14日、「量子暗号通信」を用いて、人のゲノムデータ約500GBを約7キロ離れた施設へ伝送することに世界で初めて成功したと発表した。同社は近く、量子暗号通信で事業展開を始める見込み。

[井上輝一,ITmedia]

 東芝と東北大学東北メディカル・メガバンク機構は1月14日、「量子暗号通信」を用いて、人のゲノムデータ約500GBを約7キロ離れた施設へ伝送することに世界で初めて成功したと発表した。量子暗号通信は原理的に盗聴を探知でき、安全性が高いとされている。同社は近く、量子暗号通信で事業展開を始める見込み。

東芝の量子暗号通信装置(送信側)

 実験では、東北大学星陵キャンパスと東芝ライフサイエンス解析センターにそれぞれ量子暗号の送信機と受信機を設置し、機材を長さ7キロの光ファイバーで結んだ。送信機からはビット情報を載せた光(光子)が発せられる。同社の量子暗号通信技術では、7キロの距離の場合には10Mbps超で伝送できるという。この速度は、2018年時点で世界最速。

 量子暗号通信では、量子の経路で暗号化と復号に用いる「共通鍵」のみを伝送する(量子鍵伝送)。本来送りたい実データは共通鍵で暗号化した上で、通常の専用回線(数Gbps)で送り、受信側は量子経路で得た共通鍵で実データを復号する。共通鍵は実データと同じ長さのものを利用するため、量子経路の伝送時間がそのまま、実データの復号までにかかる時間となる。

量子暗号通信の概略図 量子経路では鍵のみを伝送し、鍵で暗号化したデータは従来の回線で送る

巨大データ、解析と平行して伝送 ゲノム解析の時間に着目

 東芝と東北大学が今回取り組んだのは、24人分のゲノムデータ約500GB(500G〜700GB程度としている)の伝送だ。従来、センシティブかつ巨大な医療データを安全にやりとりするためにはセキュリティ付きのHDDなどに保存した上、人が目的地まで物理的に持ち運んでいた。これを量子暗号通信で代替できれば、より効率的に機密情報を送れるようになる。

従来の課題実際に送った距離 従来、巨大でセンシティブなデータを安全に送るために人が運んでいた(左) 今回実際にデータを伝送した場所の俯瞰図(右)

 しかし、東芝の量子暗号通信は速くても約10Mbpsで、従来の通信に比べると遅い。そこで、研究チームはゲノムの解析時間に着目した。細胞から取り出したDNAからゲノムデータを解析する「次世代シーケンサー」での塩基配列の決定には時間がかかる。今回伝送したゲノムデータ(24人分×30回)の解析には約59時間かかった。

 従来の人が運ぶ伝送手段であれば、解析完了を待ってHDDに保存してから運び始める必要があるが、量子暗号通信であれば解析中の断片データを送れる。このような発想で、ゲノム解析と平行して数百MB程度の断片データを逐次送る方式を採用したところ、解析完了後約2分で全てのデータの伝送が完了したという。

実験に用いたゲノムデータの概要

量子暗号通信、なぜ安全?

 量子経路の安全性は、光の量子性によるもの。

 光子はある波長の光の最小単位で、それ以上分割できない。このため、経路の途中で傍受すると本来の受信者に鍵データが届かなくなり、盗聴が発覚する。攻撃者が傍受後に、傍受した鍵データをまねて本来の受信者に送ろうとしても、量子力学には「複製不可能定理」があるため、送信者が送ったものと同じ量子状態の光子を受信者に送ることはできない。受信者は光子の受信後に、その量子状態を送信者と答え合わせできるため、ここで盗聴が発覚する。

 暗号化した実データ自体は古典経路(量子ではない通常の経路)で伝送するため、送受信者にばれずに暗号化データの傍受はできる。しかし東芝は「ワンタイムパッド暗号」という、実データと同じ長さの共通鍵を通信ごとに使い捨てては新しい鍵に換える方式を用いているため、傍受で暗号データを複数集めたり、現状知られている量子コンピュータのアルゴリズムを用いたりしても、暗号データを復号することはできない。

 このように、東芝の量子暗号通信では量子鍵伝送とワンタイムパッド暗号を組み合わせることで情報論的な安全性を保証しているとしている。

課題は伝送距離

 同技術の課題は、光子という非常に微弱な光を扱う関係で、伝送距離を延ばすのが難しいということだ。同社の技術では7キロの距離を10Mbpsで、50キロを1Mbpsで、500キロを100bpsで通信することに成功しているが、このように距離を延ばすにつれて伝送速度が落ちる。

 同社は量子経路に中継地点を設ける新しい通信プロトコルを開発しており、これを用いることで速度を保ちつつ伝送距離を延ばしていきたいとしている。

今年度中に事業展開か

 読売新聞は2019年12月31日に、東芝が20年度内に量子暗号を実用化すると報じた。NHKも20年1月2日に、東芝が量子暗号の研究拠点を都内に設置すると報道。東芝自身が15年に「量子暗号通信システムの5年以内の実用化を目指す」と発表していたこともあり、今年度中に何らかの展開があるとする見方が強まっている。

 東芝は今回の発表の中で、「量子暗号技術が、大規模かつ秘匿性の高いゲノム解析データの暗号伝送に十分活用でき、実用レベルであることを確認した」とコメントしている。しかし事前の記者説明会では、「これは実用化したといえるのか」という記者の質問に対し、「ビジネス展開を始めたかどうかという意味ならノーだ」と答えている。

 同社は1月16日に、量子暗号通信の事業説明会を開く予定だ。

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