今回のデジタル庁の議論の背景には、日本政府が推進するデータ流通の枠組みDFFT(信頼されたデータの自由な流れ)の存在も見逃せない。
このDFFTは、19年の「ダボス会議」で当時の安倍晋三首相が提案し、同年のG20で各国が合意した。いわば国際貿易のように国境を越えてデータを自由に流通させ、デジタル経済の成長に寄与する狙いがある。重要なことは、日本、米国を含む主要国がDFFTの大きな枠組みに合意していることだ。
鈴木教授が懸念しているのは、データの国際流通によるデジタル経済圏が成長する中で、日本の法整備が追い付かないために結果として日本の競争力が阻害されてしまう事態だ。鈴木教授は「公益性」のような「ふわっとした」表現に逃げて各分野ごとの緻密な立法を避けてしまったり、海外の概念を直輸入してしまう動きを警戒する。
日本政府が提案したDFFTに関して米国のシンクタンク「ITIF」(Information Technology & Innovation Foundation)がDFFTに関連して発表した報告書には、興味深い提言が書かれている。犯罪捜査のために他国のデータにアクセスしたり、著作権違反コンテンツや児童ポルノのコンテンツをブロッキングする取り組みを、国境を越えて行えるようにしようと提言しているのだ。
こうした国際的なデータのアクセスやブロッキングがもし本格化するなら、根拠法となる国内法が曖昧なままでは国際的なデータ流通の場で他国にデータを明け渡さなければならない事態や、逆に他国の要請でWebサイトのブロッキングを受け入れる事態にならないとも限らない。つまり日本が「データ植民地」と化してしまう恐れがある。
鈴木教授は、取材の中で「アクセルを踏むような言い方しか認めない風潮のままでは、無責任な言葉に振り回されてしまう懸念がある」と警戒を示す。「批判すべき点は批判し、立法の手を抜かずに進め、データ利活用を進めながら『データ植民地化』を回避するべきだ」と鈴木教授は警鐘を鳴らす。
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