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» 2021年03月29日 13時34分 公開

VL-Bus登場前夜 GUIの要求と高精細ビデオカードの台頭“PC”あるいは“Personal Computer”と呼ばれるもの、その変遷を辿る(1/4 ページ)

PC互換機の歴史、今回は、なぜ高速バスが必要になったのかという話。

[大原雄介,ITmedia]

 IBM PC、PC/AT互換機からDOS/Vマシン、さらにはArmベースのWindows PC、M1 Mac、そしてラズパイまでがPCと呼ばれている昨今。その源流からたどっていく大原雄介さんによる解説も第5回。前回はPCの内部拡張バスであるISAからその次世代であるMCA、その対抗であるEISAの登場まで


 

 EISAが登場した1989年頃は、OSにもいろいろな動きがあった年でもある。

 もともとPC(というかIBM PC)登場時のOSはMS-DOSであり、それもあって基本はCUI(Character User Interface)ベースでの操作であった。もちろんグラフィックモードを利用してアプリケーションを動かすケースはあったし、それに向けてマウスというものがPCに登場したりしている。

 筆者の個人的な体験であるが、筆者は1987年に大学を卒業して社会人になった。それはいいのだが、卒業に当たり卒業論文を書かねばならなかった(実は義務ではなかったのだが、指導教官の思い付きで書く羽目になった)。当時は理学部の物理科で実験物理(専攻は非線形振動とカオス論)の研究室にいたのだが、前期は金工室にこもって実験装置を作るべくフライスや旋盤/ボール盤と戯れる生活に追われており、それもあって卒業論文には実験装置の設計図をつけることになった。ここで大活躍したのが、当時アスキーから販売されていたドローソフト「CANDY」。筆者の個人所有のPC-9801FでCANDYを使って延々と設計図を入力し、それを研究室のプロッタで打ち出すという作業を卒業式の後までやっていた記憶がある。

 ということはこの時点でマウスも使っていたのは間違いないと思う。マウスそのものは1985年ごろには売られていたと思う(正確な日付は覚えていないが、バイト先のパソコンショップでマウスを売った記憶はある)。

 話を戻すと、そんなわけでマウスで操作してグラフィックスを出せる環境はあったが、操作そのものはCUIである。慣れればこれはこれで快適なのだが、あいにくXeroxのAltoにヒントを得て完全なGUI環境を提供するMacintoshという強敵が1984年に発売されていた。まぁ当時のMacintoshは、これはこれでいろいろ問題も多かった(この辺りは筆者よりも編集の松尾さんの方がご存じかとは思う 編注:GUIの機能としては優れていたのだが、フロッピードライブが1基なので、HDDなしの構成ではフロッピーディスクの入れ替えが頻繁だったりしていたし、ちゃんとしたマルチタスクではなかった)のだが、隣の芝生が青く見えるというのはPC業界にとっても同じことであり、それもあってMS-DOSの上でGUI環境(もしくはそれっぽい環境)を提供しよう、という動きが同時に複数発生することになる。

 また、MS-DOSはシングルタスクだが、当然マルチタスクを希望する声は小さくなかった。この2つを絡めて、何かしらのソリューションを提供しよう、とした訳だ。メジャーなところは次の4製品だろう。

  • IBM TopView(写真1):1985年にリリースされた、DOSの上で動くCUIベースのマルチタスク環境。後のバージョンではグラフィックスに対応してGUIを利用できるようになったり、仮想メモリの対応が追加されたりしたが、最後までパッとしなかったというか、少なくともIBMが力を入れた割には普及しなかった。それもあってIBMはOS/2の開発に力を注いでいく。
photo 写真1:このレベルだとGUIと呼べるかどうか微妙なところではある。また当初はがんばっても同時に2つのプログラムを動かすのが(メモリ的に)ギリギリであり、まるで流行(はや)らなかった。出典はWikipedia
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