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新型コロナで実用化が進む“パスポート”技術 「感染リスクが無いこと」の証明に活用、しかし問題もウィズコロナ時代のテクノロジー(2/3 ページ)

» 2021年03月31日 06時21分 公開
[小林啓倫ITmedia]

技術面での懸念点

 このExcelsior Passは、米IBMが開発したブロックチェーンのシステムをベースとしており、州当局はプライバシーの侵害や情報の改ざんといった問題を解決していると訴えている。アプリを使用する場合、情報はデジタルウォレットに保管され、パス以外の個人情報は端末上には保存されない。また当然ながら、スキャンする側のアプリにおいても、端末上に個人情報が保存されることはないとしている。

 しかしExcelsior Passについて報じたニュースサイトのInterceptは、その記事の中で、具体的にこのアプリや裏側にあるシステムがどのような仕組みで動くのか詳細が説明されておらず、「ブロックチェーン」の一言で片付けられていると批判している。そしてそうであるが故に、改ざんされにくいといったブロックチェーンの一般的な利点は認めつつも、パンデミック対策という中央集権型の取り組みが必要とされる状況下において、分散型技術を使うことの正当性が判断できないと指摘している。

 さらにニューヨーク州は、警察などの法執行機関が、このシステム上の情報にアクセスできるかどうかについても明言を避けており、いわゆる「接触確認アプリ」(端末所有者の行動を追跡して新型コロナウイルス感染者との濃厚接触があった可能性を判別するアプリ)でも発生していたプライバシー上の懸念を払しょくできていない。

 そもそも健康パスポートという存在が、公共的な性質の強いものであることを考えると、少数の特定企業のみが開発・運用しているよりも、多くの企業が参加・採用する標準的な技術であることが望ましいだろう。実際に、新型コロナウイルスに関するさまざまな証明書類をデジタルで管理する技術を開発しようと、企業間で提携する動きが生まれている。

 その一つであるVaccination Credential Initiative(VCI)は、2021年1月に12の企業によって立ち上げられた活動で、MicrosoftやOracle、Salesforceといった米国大手ITベンダーも参加し、ワクチン接種を証明するパスポート技術の開発を目指している(関連記事)。彼らもスマートフォンのデジタルウォレットに関連情報を保存するという仕組みを検討しているが、そのベースとして採用されるSMART Health Cardsという仕様は、GitHub上で公開されており、外部からも一定の検証が可能だ。さらにVCIは幅広い企業や団体によって採用される、あるいは類似技術との相互運用が可能な標準や仕様の開発を目指すとしている。

photo Microsoft、Oracle、Salesforceがサポート
photo SMART Health Cardsの仕組み

 健康パスポート技術については、その開発に幅広い関係者が関与することが望ましいだけでなく、なるべく多くの国や地域で同じアプリケーションが使えるようになることが求められる。地域によってバラバラでは、別の地域に行くたびに新たな証明書を取得したり、アプリをインストールしたりしなければならない。最悪の場合、国や地方の境界線を越える際の移動に対応できないということになってしまうだろう。

 例えばEUでは「ワクチンパスポート」という仕組みが検討されている。その名の通り、ワクチンを接種したことを示すもので、ワクチンを接種した日付やその種類、PCR検査の結果といった情報をデジタル的に管理することが想定されている。しかし当然ながら、EUは多数の国々が参加する連合であり、国境を越えて使えなければ意味がない。そのために現在、各国のシステムを連携するための共通仕様の作成に時間を取られている。2021年2月の段階で、技術面での合意に3カ月はかかるとの見通しが発表されており、国際的な枠組みをつくることの難しさを示している。

 ニューヨーク州でリリースされたExcelsior Passについては、現在はニューヨーク州のみで利用できるアプリとなっている。他の地域でも同じ技術を採用すれば、州をまたいでの利用も可能となるが、独立性の強い米国の各州が追随するかは分からない。技術面での課題が解決し、解決策の仕様が幅広いプレーヤーによって採用され、さらに人々からの信頼を得られて定着するアプリケーションが登場するまでには、まだしばらく時間がかかると想像される。

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