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市内の小中学校にボカロ一斉導入、「ピアノ経験者以外も活躍」「歌に自信なくても安心」 授業風景を導入のキーマンに聞く

» 2021年04月13日 08時00分 公開
[周藤瞳美ITmedia]

 ヤマハが2003年に発表した音声合成技術「VOCALOID」(ボーカロイド)。07年の「初音ミク」登場以降、市場は急拡大し、今やDTMのツールとしてプロ・アマチュアを問わず広く普及している。「ニコニコ動画」などでの流行から、エンターテインメントコンテンツとしてのイメージが強いボーカロイドだが、音楽の授業で使う教材として、市内の小中学校に一斉導入した自治体がある。愛知県岡崎市だ。

 岡崎市は、文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」を受け、教育のICT化を目指す独自の施策「岡崎版GIGAスクール構想」に取り組んでいる。20年8月から12月にかけて市立校に通う全小中学生(約3万4000人)にiPadを配布した他、各学校の通信環境を整備した。

photo 授業風景のイメージ

 21年3月には「歌や演奏が苦手な子供でも、音楽の授業に前向きに取り組んでもらいたい」として、教育機関向けソフト「ボーカロイド教育版II for iPad」の導入を発表。4月から本格的な利用を進めている。

photo ボーカロイド教育版II for iPadのUI

 ボーカロイド教育版II for iPadは、ヤマハが提供する音楽制作アプリだ。ユーザーはメロディをブロックのように並べ、歌詞を入力することで曲が作れる。ピアノやギターの音源を使って伴奏を作る、歌詞を英語で入力するといった機能も搭載している。

 では、教育のICT化を進める岡崎市の学校では、ボーカロイドを使ってどんな授業を行っているのか。岡崎市立南中学校(以下、南中学校)に話を聞いた。

音楽を学んでこなかった生徒も活躍できるように

 文部科学省が21年度に本格導入する新学習指導要領では、中学校の音楽は「表現領域」と「鑑賞領域」の2領域で構成されている。このうち表現領域は「歌唱」「器楽」「創作」という活動に分かれている。

授業の風景

 南中学校では、この創作の分野でボーカロイドを活用しているという。例えば、ボーカロイド教育版II for iPadを使い、俳句にメロディーをつけてオリジナル曲を作るといった授業を行った。授業の様子について、南中学校で音楽の授業を担当する坂井滉平教諭はこう話す。

 「自分で演奏・歌唱することができなくても、ボーカロイドが歌ってくれるというところに生徒は安心しているようだった。放課後、夢中になって本格的な創作に取り組む生徒も多かった」

 坂井教諭によれば、生徒からは「これまでの授業に比べ、創作に取り組みやすくなった」といった声が上がったという。従来の音楽の授業と違い、ピアノを習っている生徒や吹奏楽部の生徒だけが活躍するのではなく、これまで音楽を学んでこなかった生徒が良い作品を作り、友人から称賛される出来事もあったとしている。

 一方で、ボーカロイド教育版II for iPadのUIは文字が少ないため、生徒たちが操作方法が分からず混乱する場面もあったという。こういった課題に対しては、教師が説明動画を作る、生徒同士が操作を教え合うなどの方法で対策している。

ボカロ導入の背景にはコロナ禍の影響も

 そもそも、岡崎市はなぜボーカロイド教育版II for iPadの導入を決めたのか。その背景には、コロナ禍によって音楽の授業が進めにくくなっている現状があった。

photo 岡崎市立南中学校

 南中学校の和田実校長(取材当時)によれば、学校の音楽の授業はコロナ禍で大きく変化したという。例えば、声を出して歌唱することができなかったり、接触感染や飛沫感染のリスクを避けるために楽器の利用を避けなければならなかったりと、これまでなかったさまざまな制約が生まれたとしている。

 こうした状況を受け、岡崎市では20年夏ごろから、iPadを活用してこの問題を解決できないか検討を進めていたという。そのタイミングで、ヤマハがボーカロイド教育版II for iPadの講習会を実施。これに参加していた和田校長が岡崎市の教育委員会に働きかけた結果、市内の全市立小中学校での導入に至ったという。

今後は他の教科でも活用?

 南中学校では今後もボーカロイドを音楽の授業に活用する方針だ。坂井教諭は今後行ってみたい授業の内容について「中学3年生に3年間の思い出を歌詞にしてもらい、それを基に『卒業の歌』を作るのもいいかもしれない」と話す。

 ボーカロイドを活用し、音楽以外の教科を組み合わせた授業を行うことも検討している。坂井教諭によれば「美術の授業でつくった作品を基にイメージに合った曲を作る」「歌詞を英語で入力できる機能を活用し、英語の授業とコラボする」などのアイデアが出ているという。

 「これまで授業で目立たなかった生徒が曲を作り、学年の代表として作品を発表することもあった。その生徒は『ボカロ楽しい、もっと曲を作ってみたい』と話してくれた。この生徒のように、子供の輝く姿をさらに増やしていきたい」(坂井教諭)

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