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Apple Musicがサポートする「空間オーディオ」とは何か チャンネルベースとオブジェクトベース、Dolby Atomosと360RA(3/4 ページ)

» 2021年05月24日 14時35分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

Appleは「自社製品連携」で空間オーディオを訴求

 AppleがApple Musicでまず使うのも、Dolby Atmosフォーマットによる空間オーディオ。映画向けでなく、音楽だけのために同フォーマットを使い、提供することになる。

 なお、映像配信ではアップルもDolby Atmosを以前より使っている。iPhoneやiPadと、AirPods ProもしくはAirPods Maxを組み合わせて実現する「空間オーディオ」は、この映像向けのもの。映画での音響の広がりや立体感を演出するために使われている。

 もちろん、ちゃんとスピーカーを多数用意し、AVアンプを介して聴くDolby Atmosに比べると効果が劣る部分はあるが、「ヘッドフォンでここまでできる」というのは、非常に画期的なことだった。

photo Apple MusicはDolby Atmosをサポート

 Apple Musicでは「iPhoneまたはiPad+AirPods ProまたはMax」という映画向けの組み合わせのほか、それぞれのスピーカーだけ、Mac、Apple TVにHomePodと、多数のアップル製品で、比較的手軽に利用可能になるという。

 それができているのは、「どの機器を使っているか」「どの方法で再生しているか」を把握して最適化しやすいからだ。

 他社製ヘッドフォンとの組み合わせではその情報が取れないため、再生音源は基本的に「ステレオ音源」となるが、設定で「常に空間オーディオを利用する」という風に切り替えると、どこのヘッドフォンでも空間オーディオでの再生に切り替わる、という。

 音源のビットレートは最高768kbpsと、データとしてはそれなりに大きい。通信回線が貧弱な場合には、256kbpsのAACを使い、「バイノーラル音源」としてマスタリングされたものが転送されるという。効果は落ちるだろうが、一定の立体感がある音を楽しめる、という要素は守られる。

ソニーが仕掛ける「360 Reality Audio」とは何か

 では、Dolby Atmos以外に空間オーディオのフォーマットはないのだろうか?

 そんなことはない。

 標準化団体の1つであるMPEGでは、オープンな空間オーディオのフォーマットとして「MPEG-H 3D Audio」を策定した。

 これを利用したブランドが、ソニーの提唱する「360 Reality Audio」(360RA)だ。

 フォーマットはオープンなものなので誰でも使えるが、配信システムやオーサリング環境、再生支援技術などをまとめ、他社にライセンスすることで「空間オーディオのビジネス導入を加速する」ことを差別化要因としている。

 このため、360RAはDolby Atmosと違って、フォーマットでなく「ビジネスブランド」ということになる。あくまで音楽向けに特化したものである点も、Dolby Atmosとは違うところだろうか。

 現在はAmazon MusicやDeezer、Nugs.netなどが同社の技術を採用し、楽曲提供が行われている。日本でも4月16日からサービスが開始された。

photo 360RAは日本ではAmazon MusicとNugs.netでサポート

 データは3つのビットレートで構成されている。最もデータ容量が小さい「Level 1」は640Kbpsで、音源となるオブジェクトの数は10。それに対して最もリッチな「Level 3」は1.5Mbpsで、オブジェクト数は24と規定されている。ただ、この辺は今後拡大されていく余地も残されている。

 360RAを使ったサービスのユニークな点は、「ヘッドフォンへの最適化」だ。

 現在、多くの人が音楽をヘッドフォンで聴いている。そこで空間オーディオを効果的に体験するには、「鼓膜を通じて実際にどう音が聞こえてくるのか」をある程度再現する必要がある。

 そこで使われるのが「頭部伝達関数」(HRTF)だ。

 われわれには日常の音も「立体の音」として聞こえているわけだが、別に耳がたくさんあるわけじゃない。2つの耳に対し、頭や肩、耳たぶなどを通じて伝わる音の変化が脳内で立体的なものに感じられている、という部分がある。

 この、頭や耳を通じて音が変化する特性が「HRTF」。HRTFを使って音の周波数特性を変えると、ヘッドフォンから伝わる音が3Dオーディオとして感じやすくなる。

 ただ、HRTFは個人差の多いデータでもある。主に耳の形で大きく変わるらしいのだが、結果として聞こえ方が変わり、立体感が感じられなくなりやすい。

 というわけでソニーは、提供するプレイヤーアプリに「誰でもそれなりに聞こえる標準的なHRTF」を設定した上で、個々人のHRTFを計測して最適化する仕組みを導入した。スマートフォンアプリで耳を撮影し、そこから疑似的に算出する技術だ。これの場合にも、各ヘッドフォンの音響特性に合わせたチューニングが必須になる。

 そのためソニーは、「自社のヘッドフォン用アプリ」に最適化機能を組み込み、さらに自社ヘッドフォンとマッチさせることで、HRTF最適化を実現している。逆に言えば、「どこのヘッドフォンでも聴けるが、ソニー製だとより最適化された音が楽しめる」ことを差別化要因としているわけだ。

 この技術は同社と契約を交わしたヘッドフォンメーカーも利用できる。現状では、ソニー以外にオーディオテクニカとラディウスがライセンス提供を受け、350RAでのHRTF最適化に対応したヘッドフォンを発売する予定となっている。

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