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» 2021年05月31日 21時34分 公開

iPad Pro 2021に対する「お、おう」感を分析する小寺信良のIT大作戦(1/3 ページ)

ミニLEDだけで高価な存在価値はある、とはいうものの……。

[小寺信良,ITmedia]

 新しいiPadが発売されるたび、これ1台でビジネスとかiPadだけで仕事云々(うんぬん)といったエントリーがネットにあふれ出す。世の中にはどうしてもiPadを仕事に使いたい、というかこれだけ持っていけば大丈夫なシナリオを描きたい人というのが一定層いらっしゃるのである。

 そんなふうに書くと「お? ナニかオマエ、Apple Disなの? お?」と絡まれてしまうのだが、筆者が初めてApple製品を購入したのは1990年のことで、Macintosh SE/30以来のAppleユーザーなので、どうか見逃してほしい。

 で、話を戻すと、そうした記事を量産していらっしゃるライターの方を記者説明会の際にお見掛けしたら、颯爽(さっそう)とノートPCを広げられて盛大にズッコケたことがある。まあ「オシゴト」でやられていることだから、いろいろ事情があるのだろう。

 さてそんなiPadも、この5月発売のiPad ProはプロセッサがMacと同じM1になった。さらに最上位モデルを最大ストレージ、かつセルラーモデルを選択すると、27万9800円にもなるわけで、価格面でM1 Macを軽く越えてくる。もうこうなると、仕事で使えないことにはタダじゃおかないぞ的なことになってくる。

photo M1搭載iPad Pro

 そんな新iPad Proが発売されて1週間ほど経過したが、どうもレビューの内容は渋いものが多いようだ。ミニLEDを搭載した12.9インチモデルのディスプレイは評価が高いものの、でも普通の使い方ならiPad Airで十分、みたいな論調もある。

 従来のAシリーズプロセッサからM1へ乗り代わった1号機だ。M1 Macの時は、間違いなくお祭り騒ぎだった。あのときの勢いからすれば、人気商品であるiPadのこのシュンとした感じには、違和感がある。

コンピュータとスマートフォンの間に

 iPadはApple製品の中で、最も用途が定まらなった製品ではないだろうか。初代iPadが発売されたのが2010年のことだった。すでにiPhoneが登場して3年が経過しており、モノとしては「大きなiPhone」であった。

 だが多くの人は、分かりやすいiOSに大きなディスプレイが乗ったことで、このiPadの可能性にすぐに気がついた。

 iPhoneとは解像度が違うので、最初は同じアプリでも真ん中にちんまり表示されていたものだが、フル画面で使えるアプリは一覧性が高かった。iPhoneがのぞき窓から世界を眺めているのに対し、ようやく目の前が広くなったのを感じたものだった。

 スマートフォンよりもノートPCに近いサイズは、映画やマンガといったコンテンツを大きく見る用途であったり、らPCを使うまでもないライトな用事だがスマートフォンでは使いづらいといった、間を埋める商品であった。

 また、小さすぎてスマートフォンが扱いづらい子どもにも使いやすいとして、米国では幼児教育などでも使われるようになっていった。

 他社もすぐにこれに追従し、翌年には多くのメーカーからAndroidタブレットが登場した。既に電子ブックリーダーは販売されていたが、多彩なタブレットの登場によって、専用端末であった電子ブックリーダーは、タブレットと混ざっていった。

 初代iPadが登場したとき、ちょうど娘が小学1年生でまだ一人で公園に遊びにやるには不安もあったので、一緒について行ってiPadで原稿を書いたりしていたものだ。

 当時は今のようにケース一体型のキーボードがなく、ソフトウェアキーボードで書いていた。逆にほこりっぽい公園で使うには、キーボードなど隙間が多いノートPCよりも、一面ガラス張りのiPadの方が安心できた。

 iPadは中途半端、コンピュータとスマートフォンの組み合わせが最強と考える人も大勢いた。だがそういう人たちは、2012年発売のiPad miniに巻き取られていった。コンピュータとスマートフォンの隙間を埋めるものとして、サイズの考え方はいろいろある。コンピュータに寄った人はiPadに、スマートフォンに寄った人はminiに、ということだった。

 このころのiPadは、コンピュータとスマートフォンの間を埋めるものでもあったと同時に、モバイルとホームユースの間を埋めるという、隙間商品でもあった。

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