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iPad Pro 2021に対する「お、おう」感を分析する小寺信良のIT大作戦(2/3 ページ)

» 2021年05月31日 21時34分 公開
[小寺信良ITmedia]

コンピュータを超えるもの

 タブレット市場の勢力図が変わってきたのが、2015年である。この頃日本では、「艦隊これくしょん -艦これ-」がブームとなり、手軽にプレイできるとしてWindows 8.1搭載の、いわゆる「中華タブレット」が大いに売れた。2万円程度の安さもあり、ある意味専用機的な扱いであった。

 この年の11月、iPad Proが発売された。iPadにおけるプロとは何ぞやという話もあるわけだが、搭載されたA9Xプロセッサの能力は、当時の持ち運び可能なコンピュータの大部分より処理能力が高いとされた。

 最も低価格な32GBのWi-Fiモデルが9万4800円、最も高価なのが128GBのWi-Fi + Cellularモデルの12万8800円。当時ノートPCの平均価格は15万7000円程度だったので、価格的にはPCより安く、処理能力は高い。

 ただ、同じアプリが動くわけではないし、iPadでレンダリングが必要になるような高負荷の作業をする人もいなかったので、厳密には比較のしようがない話ではあった。

 同時に発売されたApple Pancilによるペン入力は、当時タブレットとしては後発だったが、アプリの充実とレスポンスの良さで、クリエイティブワーカーに広く浸透していった。こうした受け入れられ方は、AndroidやWindows系タブレットにはなかったものだ。

 この辺りからiPadは「でっかいスマホ」から卒業して、コンピュータではできない領域に行く独自の何かになっていくという予兆が見え始めた。

 こうしたコストパフォーマンス重視と目的の先鋭化は、製品層が広がりすぎてターゲットが見えづらくなったAndroidタブレットにとっては逆風だった。高級・高機能路線で存在感を示していたソニーが「Xperia Z4 Tablet」をもってタブレットの販売を終了し、事実上撤退したのは2016年のことであった。

 この頃からだったろう。「iPadでビジネス」系のエントリーが目立ち始めたのは。高付加価値のマシンゆえに、「仕事に使える」は購入の決め手になる。ただ興味深いのは、通常こうした記事はメーカー側が仕掛けた企画広告記事で展開するものだが、iPadの場合は自腹購入したライターが自主的にこうしたコンテンツを量産し始めたことである。

 自腹で買ったならビジネスにしないと元が取れないという思惑もあろうかと思うが、実際こうしたネタはビューが取れることもあって、メディア側も歓迎する傾向にあった。「Macが仕事に使える」では記事にならないが、「iPadが仕事に使える」というだけで記事になるのは、そもそもiPadの用途がしっかり定まっていないということの裏返しでもある。

 ではiPadだけで完結できるのはどんな仕事なんだよ、という問題に突き当たる。筆者のように毎日地べたを這いずり回ってコンテンツを生産し、相手に合わせたフォーマットで納品・入稿をし続ける人間にとっては、iPadだけではどうしても足りない。

 相手もiPadだけで仕事していて、読者もiPadしか使ってないような閉じた環境なら効率がいいかもしれないが、Webコンテンツを下支えしているのはコンピュータである。それに食わせるために、データを「汎用に落とす」というしょうもないことに手間がかかる。

 結局iPadだけで十分仕事が成立できる人というのは、確認と指示とコミュニケーションができればいい人で、つまりはエグゼクティブか管理職ということである。こうした相手の仕事への理解がなければ、「コンピュータじゃないと無理派」と「iPadで仕事が終わらないのはバカ派」の話は一生噛(か)み合わない。

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