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新1万円札の肖像、7年前に記念硬貨になっていた お札の博物館でお金の歴史をひもとくデジタルネイティブのためのフォントとデザイン[特別版](5/5 ページ)

» 2021年09月22日 13時18分 公開
[菊池美範ITmedia]
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 新紙幣の話題はTVや新聞のニュースにも大きくとりあげられ、フォントやデザインの視点でもブロガーの方やネットウォッチャーの方々が意見を述べられている。それに比べると新500円硬貨は話題が少ない。しかし、本稿で博物館内や工場の一部を初めて見学させていただいた体験はとても面白く興味深いものだった。

 紙幣は日本銀行から市中の各金融機関が紙幣を受け取った時点で発行となるが、貨幣は財務を通じて日本銀行に納められた時点で発行となること、地方自治法60周年記念貨幣や各種貨幣セット等の製造は造幣局にとっても有益であることなど、担当職員の方々からお話を伺いながら知的好奇心を刺激される時間だった。

 記念貨幣について、職員の方がこんなことを語られていた。「工芸的な見地からは造幣局よりも高いレベルを持たれているところはあります。ただし、これだけの量産レベルでここまでの品質を提供できるところは造幣局が一番だと思います」

photo 明治時代になって造幣局が創業されると、貨幣発行のために外国人技術者を雇用して金属の精錬、加工などをいち早く導入した。複式簿記と呼ばれる近代的な事務処理の方法も造幣局が最初に導入している
photo 江戸時代の貨幣とともに制度を説明したパネルがわかりやすい。現在の通貨は10進法で単位が変わるが、江戸時代は4進法が採用されている
photo 博物館として見応えのある展示計画と設備のデザイン。江戸時代の大判・小判を透明板でサンドイッチした立体展示を効果的な照明計画で浮き立たせている
photo 新500円貨幣の『スペシャルバージョン』

 工場見学通路で特別に撮影を許可していただいた、プルーフ貨幣セットに使用される新500円貨幣の『スペシャルバージョン』とも呼べるものが上の写真だ。

 最終工程での加工が通常の500円貨幣とは異なり、地の部分に鏡のような仕上げを施すことで絵柄のデザインもより浮き立って見える。新500円貨幣の素材にはバイカラー・クラッド(2色3層構造)が用いられ、縁は異形斜めギザと呼ばれる不等ピッチの線が刻まれている。

 これらのプルーフ貨幣はさまざまなデザインのパッケージに収められ、造幣局が販売する。

通貨は欲望を信用に換える仕組み

 最後に、通貨の在り方に関連して講談社のコミック誌モーニングで連載中の「望郷太郎」(山田芳裕)のご一読をお勧めしたい。作品中では大寒波で滅亡しかかった後の世界を描いているが、ストーリーが進むにつれて「マー」と呼ばれる通貨のようなシステムを巡る、人間同士の欲望や争いのことも描いている。この内容は現代のおける貨幣のあり方を考える上でとても参考になる。

 近い将来、実体としての「現金」は日本国内でも全く必要なくなるのだろうか。確かに日常生活で紙幣や硬貨を使用する機会は以前に比べれば少なくなっているし、この傾向は年を追うごとに加速している。それでも現金が完全になくなることはない。信用を保証する物体としての1万円札や500円硬貨は電子マネーや暗号通貨の「原器」であり、カタチを確認するための記号であり続けなければならない役目を負っているものだからだ。

 「望郷太郎」に描かれていたような地球規模の壊滅後でなくとも、災害や天変地異による電子ネットワークの破壊が起きてしまった後はインフラの再構築に相当の時間がかかる。そのとき一時的に現金を使うしかない状況が発生することは、私たちがすでに3.11で経験したことでもある。

 ヒトは生きるために食べる、生活するという欲望は必要なもの。それを通貨という信用を物体にしたものが現金であり、決済の主流でなくなりつつある紙幣や貨幣は「決済手段最後の保険」として残るだろう。

※取材協力:独立行政法人 国立印刷局/独立行政法人 造幣局

【9月22日午後11時20分修正】国立印刷局王子工場についての記載が間違っておりましたので修正いたしました。また、一部画像に違う写真が入っておりました。訂正し、お詫びいたします。

【10月1日午後5時10分修正】独立行政法人 造幣局の指摘により、一部表現を修正しました。

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