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» 2021年10月12日 08時00分 公開

「今日の仕事は、楽しみですか」品川駅広告炎上、3つの地獄を解き明かす小寺信良のIT大作戦(1/2 ページ)

「ディストピアだ」「仕事は楽しみじゃなきゃいけないのか」といった批判を浴びた広告への反発と対応を小寺信良さんが分析する。

[小寺信良,ITmedia]

 JR品川駅の港南口周辺は、その昔、ほんの20年ぐらい前は反対側の高輪口のにぎやかさからはとうてい信じられないぐらいの質素な、ただの湾岸倉庫街にすぎなかったエリアだった。それが今ではインターシティやNTT品川TWINS、ソニー本社ビルなどが立ち並ぶ、日本でも指折りの大企業が軒を連ねる一大オフィス街に変身した。

 品川駅改札から港南口に向かうコンコースには、縦型のデジタルサイネージ用ディスプレイがずらりと常設で並んでおり、常になんらかの広告や情報が表示されている。

 10月4日、ここにある広告が掲示された。すでにニュース等で写真をご覧になった方も多いと思うが、白地に黒で「今日の仕事は、楽しみですか」と書かれており、その下を歩く多くの通勤者へのメッセージとなっているように見える。広告を掲載したのは、人材育成やNewsPicks法人事業などを展開するアルファドライブだ。

 この写真のインパクトがあまりにも大きかったのか、「ディストピアだ」「仕事は楽しみじゃなきゃいけないのか」「つらくてもなんとか仕事を頑張っている人を傷つける言葉だ」との反発が起こった。批判を受けて5日午前中に広告を終了し、公式サイトに謝罪文を掲載するという事態になった。

 神経を逆なでする広告→炎上→削除→謝罪という、近年よく見るいつもの流れのように見える。ただ、デジタルサイネージやテレビCMなど、動く広告を扱っている人たちの間では、この流れは何か変じゃないかいう話でもちきりだった。筆者もかつてテレビCMに関わっており、同様のモヤッと感を覚えていた。その理由をひもといていきたい。

「切り取り」の地獄

 品川駅コンコースはかなりの長さがあり、改札を出て歩いて抜けるまで3〜4分はかかるわけだが、この写真を見て、もしかするとこの文面の下を延々と歩かされたと勘違いした人が多かったのではないだろうか。

 まず引っ掛かったのが、そこである。広告文面としてはインパクトがあるが、この文面だけでは、広告として成立していないのだ。なぜならば、広告とは最終的には利益誘導が目的であるからだ。これだけでは、このメッセージを表示した理由や背景、そして誰が広告を出したのかという、最終的な利益の誘導先が分からない。この文面はトップタイトル的なものであり、その続きがあったはずだ。

 広告の全体像を知りたいと思い検索したところ、広告全体を動画で撮影したツイートを見つけた。広告の全体像を確認すると、

  1. 「出勤中のみなさま」1秒でスクロールアウト
  2. 「今日の仕事は、楽しみですか」スライドイン後1秒静止のあと、3秒でスクロールアウト
  3. 「今日の仕事が楽しみだと思える仕事が増えたら この社会はもっと豊かになるはず」縦スクロール
  4. 「だから AlphaDrive/NewsPicksが新規事業の生まれる組織づくりをサポートします」縦スクロール
  5. 「ビジネスに衝動を。ビジネスに鼓動を」縦スクロール
  6. 「AlphaDrive/NewsPicks」縦スクロール後、センターで静止

という、全体で15秒のCMになっている。

 投稿者は、「天気予報やニュースの合間に他の企業の広告なども表示され、この表示を見るには数分間待たなければなりませんでした」とコメントしている。つまり、ずっとこの文面が表示されていたわけでもないし、頻度もそれほど多くない広告のごく一部にすぎなかったということが分かる。

 加えて広告全体を通して見れば、しごくまっとうなもののように見える。「今日の仕事は楽しみですか」が大きいのはいわゆる「フック」だから当然で、新聞広告ビジュアルからみても、デジタルサイネージのバランスとしては妥当なところであろう。

photo 公式サイトに掲載されている新聞広告ビジュアル

 つまり、問題の文面がセンターで静止していた時間は全体で1秒程度しかなく、写真はその瞬間を切り取ったものである。

 掲載の様子の動画を見ても、この字面に反応して立ち止まったり見上げたりしている人は見当たらず、メッセージとしてはほとんど無視されている状況だ。ちらりと見た人はいるかもしれないが、数多く流れてくるさまざまな情報のうちのたった1秒をたまたま見たという人はそれほど多くはないだろう。

 この広告に対して、「実際に品川駅の中で見て不愉快になった」という人達が反発したのであれば、やはり広告として良くなかったということになる。だがこの件に反発した人は、この1秒間を切り取った状況写真に、不愉快な感情をかき立てられただけではないだろうか。

 さらに言えば、品川駅コンコースはこうしたディスプレイが「常設」されているということを知らない人もいたのではないか。反応を追ってみると、ディスプレイの数を問題視している人もあり、広告主がわざわざディスプレイを用意してあの文面を掲載したと勘違いしている人も見受けられた。

 つまり、実際に品川駅を歩いている人に対して広告やメッセージが伝わったかというと、そもそもほとんど現場では見られておらず、広告としては失敗したあげ句、多くの直接関係ない人の勘違いにより1日で取り下げる羽目になったというのが、第1の地獄である。

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